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NEWS ZERO

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January 18, 2006

ライブドアに家宅捜索

いよいよ始まったか、と言う気がする。

確かに、ライブドアの生命線は、株価である。
ここにダメージを受ければ、立ち直れなくなる可能性がある。
そういう意味では、ライブドアへの致命的な攻撃とも言える。

しかし、タイミングが良すぎないか?と言う気もする。

トップニュースは一つだけである。
ライブドア事件によって、株価全般が下落すれば、関連ニュースが、連日トップニュースを飾ってもおかしくない。
また、前回の衆議院選挙で、ホリエモンが、小泉自民党の推薦で立候補したこともあり、小泉首相やその周辺に対する影響も大きい。

この家宅捜索によって、何が起きたか?

・ライブドアおよび、IT関連企業の株価が下落。
・放送メディアと、IT関連企業との提携が、進まなくなる。
・小泉総理、武部幹事長のイメージダウン。
・それに伴い、総理周辺の次期候補も、一緒に、イメージダウン。

こんな所だろう。
これが、誰かの仕掛けだとしたら、絶妙のタイミングである。
なぜなら、構造設計事件への関心が、そがれるからだ。

イメージダウンをするのは、自民党ではない。
あくまでも、現総理周辺だけだ。

ついでに、騒がれたくない誰かさんも、一息付けることだろう。
また、総裁辞任後も、影響力を維持することが確実だった現総理の、引退後の影響力にも、かなりのダメージを与えることが出来た。

今回家宅捜索したのは、「あの」東京地検特捜部である。

政治家の捜査は、東京地検特捜部が、一括して行っているため、良く耳にする部署である。
東京地検ならばいい。東京にある会社なのだから。
特捜部というのが、多少引っかかるのだ。

特捜が動くほどのヤマなのか?
で、本当の狙いは?

January 10, 2006

信長は日本の敵

先日、地方紙のエッセイ欄に載った一文である。
「ここまで、一面的な見方があるものか?」と驚いたので、書くことにした。
内容は、叡山焼き討ちに続き、高野山も危機一髪だったと言う内容だ。

私は、信長ファンではないが、あの時期に、一定の役割を果たしたという意見だ。

当時の信長にとって、最重要課題は、敵対勢力を消滅、もしくは、懐柔することだったはずだ。
しかし、当時の比叡山は、かなりの数の僧兵をもち、侮りがたい武力を持っていた。
これは、到底、無視できるものではない。

その当時の比叡山の有り様を見るとき、御仏に仕える集団が、 自衛のために、やむを得ず持った自衛の手段とは、到底思えない。
現実主義の信長からみれば、単なる敵対勢力と考えても、無理からざる所だ。

事実上の天下人であった信長にしてみれば、せっかく統一した日本を、再び戦乱の世に戻すことは、絶対に避けなければいけない。

そのためには、情けは絶対に禁物なのである。
情けをかけたが為に、その後滅ぼされてしまうことは、過去に何度もあったのだから。

比叡山側からしたら、信長は、悪の権化であったことだろう。
しかし、客観的に見たら、どうであろう。

当時は、今と違って、神仏というものを、現実にあるものとして捉えている人が多かった。
そんな中で、信長があえて行った叡山焼き討ちは、「神をも恐れぬ所業」と考えられたことだろう。
それはいい。

しかし、今は、違うのである。
長い時が流れ、神仏に対する考え方も変わってきて、冷静に見られるようになっているはずだ。

にもかかわらず、百年一日のごとく、「信長悪者説」を、公言することには、かなりの違和感を覚える。

人には、何事も、タイミングというものがある。
どんなに傑物でも、何百年も生きられないし、当時で言えば、六十歳を超えて、戦場を駆け回ることは、まず、不可能だ。
しかし、二十歳やそこらで、天下を統一することなど、出来るはずもない。

あの当時、それをなしえたのは、信長一人であったように思う。

悪行は悪行、貢献は貢献。
四百年以上の年月が経っているのだから、もう少し、客観的に、見れないものだろうか、と、思ってしまう。

ここのような、個人のブログじゃないんだから。

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