Recent Trackbacks

February 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

お薦めリンク

ウェブページ

NEWS ZERO

  • NEWS ZERO

« April 2006 | Main | June 2006 »

May 31, 2006

整体が一回230万円

これ、実は、平均値である。
名古屋市の整体院で、患者がロッカーに入れていたバックからクレジットカードの情報を盗み出し、30人以上から、7000万円あまりを盗んだ疑いで、中国人5人が逮捕された。
(2006年5月10日 読売新聞


で、平均すると230万円くらいになるので、表題となった。

実は、これ、整体院故に成り立つ事件とも言える。

世の中には、数多くの治療施設がある。
医療機関以外では、柔道整復師(以下、柔整師)機関、鍼灸マッサージ師(鍼マ師)機関がある。

もっとあるよ、と言う意見があるかも知れない。
でも、法的に認められた機関は、これ以外にない。

医師が開設する病院、医院
柔整師が開設する整骨院(ほねつぎ)
鍼マ師が開設する鍼マ治療院

日本には、これだけしか存在しない。
理学療法士、作業療法士など、多数のスペシャリストが存在するが、開業することが出来ないので、上記の3機関となる。

で、俗に、「マッサージ師」と呼ばれるが、正しくは、あん摩マッサージ指圧師という。
この3つの手技をまとめて、一つの資格として認定している。
鍼師、灸師などは、別の資格である。
現在は、鍼灸専門学校・盲学校を卒業したものだけに、厚生労働大臣免許の試験が行われている。
これ以外の取得方法は存在しない。
専門学校は、現在は、最低3年かかる。(大学は4年かも)
これより短い期間で取得できる資格は、法的に認められた資格ではない。

全日本鍼灸マッサージ師会


鍼マ治療院、正しくは、施術所は、地域保健所に届け出た上で、保健所の現場調査があり、待合室、換気性能、消毒設備などが適正な場合にだけ、許可される。
施術を行うスタッフが無免許だった場合は、処罰されるので、まず、有資格者だと思って間違いない。

なので、怪しげな経歴の中国人が、施術所で働くと言うことは、通常あり得ないし、あっても、院長の監視下にある。

今回のような事件は、起こりにくい状況にある。

事件の舞台になった整体院とは、無資格治療所である。
故に、行政の管理が行き届かず、今回のような事件の温床となった。

まず、リラクセーション、整体、カイロプラクティック、などなど、様々な呼び名があるが、手技を持って治療に当たる以上、無資格と思って間違いない。
これらで、鍼マの有資格の場合は、その旨、掲示してあるはずだ。
法律上、あん摩マッサージ指圧師以外で、手技療法を行って良いのは、医師だけである。
ちなみに、柔整師は、決められた範囲内ならばOKである。

マッサージ師の資格のうちの指圧師であるが、指圧とは、大正時代に、カイロプラクティック、スポンデロセラピー、オステオパシーなどの、脊髄矯正手技の良いところを取り出して、日本で生まれた手技療法である。
つまり、これらの手技療法に関して、法的に認められた名前が、指圧師と考えるのが、普通の感覚であろう。

しかし、そんな簡単なことが、簡単にいかないようで、世の中には、鍼マ師以外の治療師が、堂々と開業している世の中である。

国会議事堂の地下のテナントスペースに、整体院が堂々と治療所を構えていたこともあるくらいなので、推して知るべしである。

今回の事件の様な悪質な整体師ばかりではなく、真面目に治療を行っている整体師も数多い。
しかし、法的に認められた資格を持っていないというのは、全てに当てはまる事実である。

有資格=腕が良い

とはならないのが、難しいところであるが、まあ、選定の一助くらいにはなることだろう。

繰り返すが、今回の事件は、整体院の持つ、資格上の問題点が温床になったと言うことである。
鍼マ施術所においても、絶対に起きないと言うことは言えないが、上記のように、保健所に登録する義務があり、起きにくくなっている。
ひとまずは、ご安心を。

なお、ファッションマッサージなどは、マッサージとうたって、料金を取る以上、マッサージ師の資格がいる。
出張専業でない場合は、保健所への施術所の届け出がいる。
そうでない場合は、違法営業である。
この場合は、地域保健所に届け出て、.........................

よりも、匂わせて、その分、サービスして貰った方が、ありがたい............かも。

なお、やりすぎて、店の奥に案内されても責任は持てません。
あしからず。

May 29, 2006

某市長のおさわり事件報道に関して

北国の某市長が、飲食店でお触りをして、夫人同伴で記者会見をしたあれである。

これに関しては、いくつかの違和感を覚える。

まず、報道の内容。
この「飲食店」って何?
喫茶店?キャバクラ?おさわりバー?
これを明らかにしてくれないと、判断出来ませんよ。

うどん屋さんで、経営者の女性の性器を直接触ったのなら、そりゃいかんでしょう。
でも、お触りOKの店で、「下着の中はNG」の店なら、やや行きすぎ。
本番OKの店なら、店側のいちゃもんとなります。

あからさまに店の詳細を書けないのは分かるけど、店の情報を明かさないのに、某市長の所業だけを、詳細に報道するのはいかがなものか?
これが、公平な報道なのか?
店の情報を明かさないのなら、「不適切な行為」くらいにしておくべきだ。

完全に、「市長にあるまじき悪行」という前提で、記事を作成しているとしか思えない。

次に、男としての行動という面で。
男性のあなたに聞きます。

同伴出勤までして、それなりの関係になったキャバクラのお姉ちゃんから、今回のように訴えられたら、どう思います?

「おいおい」
でしょう。

今回は、店の情報が無いので、判断できませんが、完全な風俗に置いては、大なり小なり、身に覚えのある人は、少なくないのでは?

最後に、プライベートという点に置いて。
これ、完全なプライベートの所業ですよね。
確かに、その女性や奥さんにとっては、許し難い悪行でしょう。
腹の虫が治まるまで、きっちり、追求してください。

しかし、それが、公の職業に、何故関係するのか?
一般に、こんな事が問題になるのは、有名人か、公職にあるものだけだろう。

フランスの大統領だかに、女性スキャンダルが合ったとき、国民から非難されたのは、報道機関である。

「あれは、プライベートなことである。どうでも良いことだ。
それよりも、こんな報道のために、彼が国民に対して行ってきた行動が、報道されない事態は、けしからん。」

と、大きな問題になったのだ。
政治家に対する国民の見方が、全く違うようだ。

最後に、「市長なのに、やって良いことなのか?」と言う点である。

これに対しては、反対に聞きたい。
「市長が、風俗行っちゃいけないの?」

その女性や奥さんが、怒っている以上、人間としては、まずい行為をしたのかも知れない。
しかし、奥さんは、「自分以外の女性」と言う時点で、男として適切でも、どうせ、怒り狂いますしねぇ。
基本的に、弱い女性の味方をしたいですけど、味方できるほどの資料がありません。

法的にまずい行為があった場合、所得税の滞納と同じ次元で、市長にはふさわしくないだろう。
しかし、今回の報道では、「そもそも市長が」と言う論調のような気がしてならない。

もう一度書きます。
「市長が、風俗行っちゃいけないの?」

店の情報が無いのに、みんなどうやって判断してるの?
日本料理店と風俗店では、意味合いが異なってきませんか?

May 27, 2006

高齢化社会は来るか?

全人口の中に占める65歳以上の高齢者人口が7%を超えた社会を「高齢化社会」と呼び、14%を超えた社会を「高齢社会」と呼ぶらしい。
高齢化社会

2004年(平成16)には19.5%と上昇した。
2025年には30%程度になると予想されているようだ。
wiki

この通り、高齢化社会は来るのだろうか?

この答えは、「まだ分からない」だと思う。
つまり、高齢化社会とは、高齢になるまで長生きする人が多いかどうかで決まるからだ。
各種予測は、現在のまま高齢化が進んでいった場合の試算値なので、このまま進まなかった場合は、全く違う未来になる可能性がある。

日本は、いくつかの世代に分かれる。
団塊の世代、戦後世代など、いろいろな区分があるが、高齢化を予測するのには、若干不適切かと思う。

なので、ここでは、「太平洋戦争が、日本国民の健康に与えた影響」という視点に立って、考えてみたい。

実は、この問いかけに対する答えは、まだ出ていない。
唯一、結論が出だしているのは、戦前生まれの人たちが、長生きしたと言うことだけだ。

昭和一桁くらいまでの人たちが長生きしたからと言って、戦中・戦後世代が長生きするという保証はない。
全く違う生育環境だったからだ。

幼児期の生活環境というのは、その人に大きな影響を与える。
肉体的、精神的、多方面にわたる。

高齢化という観点から見たら、肉体的な側面が、影響が大きいはずだ。
よって、この面から見てみる。

戦時中は、戦争というストレスに加え、後半の空襲などによって、残された母親達は、大きなストレスを受けていた。
また、食糧難による栄養不足もある。
これにより、戦時中に胎児期を送った人たちは、あまり良い胎教は受けていない。
また、生まれてからも、ろくに食うものもなく、悲惨な幼児期を送ってきた。

戦後、戦争によるストレスはなくなったが、食糧難という問題は、しばらくの間、人々を苦しめた。

「もはや戦後ではない」と言うキャッチフレーズで有名な第1回目の厚生白書は、昭和31年なので、少なく見積もっても、昭和25年くらいまでは、この状態が続いたものと思われる。

なので、昭和16年から昭和25年くらいまでの間に、胎児期、乳・幼児期を送った人を、「戦中・戦後世代」と命名する。

分かりやすく、昭和20年生まれとしよう。
60歳を過ぎたぐらいだろう。
前後5歳くらいの人は、同様に該当する。

この人達が受けた肉体的影響は、高齢化という観点に限って言えば、まだ、結論が出ていない。
今までは、若くて体力・抵抗力があったので、馬力で持たせていた。
その違いが現れるのは、これからのことなのだ。

戦前世代は、皆貧しく粗食だった。
車どころか、自転車すら贅沢品で、ひたすら歩くしかなかった。
つまり、低カロリー食を食べ、歩き倒した人たちなのだ。

栄養失調になるほど貧しくは無かった人たちが、若い頃鍛え上げた体を持って、一様に長生きをしたからと言って、その後の世代も同様だというのは、いささか乱暴だ。

戦中・戦後世代は、幼児期までを悲惨な環境で過ごし、その後、高度経済成長期を迎え、飽食、運動不足、高ストレスで過ごしてきた世代である。

そして、若さという貯金も、使い果たしつつある。

三つ子の魂百までというが、乳幼児期までの生育環境の悪さというのは、後からでは、取り返しようがない。
加えて、健康を害するような生活を多年に渡り、送ってきた。

果たして、この人達が、それ以前の「筋金入り」の世代と同じく、揃って長生きするという前提は、適切なのか?

また、その後の私達の世代は、もっと悪い。
もっと高カロリーなものを食べ、もっと、体を動かしていない。
実際、肉体年齢が高齢化している若者は、急増している。

本当に、この世代の人たちが、高齢になるまで、生きられるのか?

最後に、独断と偏見の結論を書いておこう。

ここ10年くらいで言えば、高齢化社会は、ますます進行していくことだろう。
その後は、まだ結論が出ていないので、正確には、予測すら不可能である。

そして、一定の割合で、来ないかも知れないという予測も成り立つ。

そして、老婆心ながら書き添えるが、戦中・戦後世代以降の方は、高齢になるまで元気でいられるべく、十二分に健康に配慮してください。
おじいちゃん、おばあちゃんが元気だからと言って、その後の世代も元気だとは、断言できません。

その後の世代には、「筋金」は、入っていないのですから。

なお、この内容は、1冊の本が掛けるくらいの内容である。
それを、無理矢理、この小文に入れ込んでいるので、詳細は書かれていない。

いつでも、書き直しますから、その折りには、ご連絡下さい。
..................................って、ありえねぇーー。(^◇^;)


May 26, 2006

国家の品格

※「最近読んだ本」参照

品格ある国家であるためには、日本人が、情緒、武士道などの精神を取り戻すことが必要と説く。

対比するためか、欧米の思想を看破する箇所では、いささか独断が過ぎる嫌いもあるが、まあ、根幹の部分ではないので、特に問題はない。

かねてより、似たような考えを持っていたので、曖昧だった考えを、はっきりとした形で文章にして貰ったと言う感じもしている。

もっとも、お薦めという意味では、全く別の側面を持つ。
最近、愛国心やら、郷土愛やらが、ニュースをにぎわせている。

これは、この本がきっかけとなったらしい。
それまでは、いかにも旧体制の意見という感じだったので、口にするのを憚っていたが、この本により、公言する勇気が出た、と言う感じだろうか。
とたんに、与党の担当者の威勢が良くなった。

なので、教育基本法や、憲法改正を批判する用意のある人たちは、この本を読んでおく必要があると思う。

賛成するにしろ、反対するにしろ、読んでおかないと、同じ土俵に立てない気がする。

言いきっかけになったので、かねてよりの考えを、別項でまとめてみたいと思っている。

May 25, 2006

FIFA2006 優勝はブラジル

なんで?って、そうなってしまったんだから、仕方ない。
新聞折り込み広告に、各グループの国名と、決勝トーナメントのツリーが載っていて、予想するようになっていたので、試しにやってみたのだ。

結果は、以下の通り。(◎は、勝利チーム)

【準決勝】
1.ドイツ X ◎イタリア
2.イングランド X ◎ブラジル

【決勝】
イタリア X ◎ブラジル

【優勝】
ブラジル

【2回戦以下の好カード】
要するに、悩んだ対戦

2回戦

1.◎イタリア X フランス
.◎ドイツ X アルゼンチン

2は、それほど悩んでいないかな。
1は、少し悩みました。

ちなみに、我が日本チームは、ご祝儀で予選リーグ2位通過と言うことにして、判定をやったのだが、1回戦の相手がイタリアになってしまい、いくら何でも勝たせるのは無理があり、1回戦敗退と言うことになって貰った。
韓国は、スペインに勝ったものの、2回戦でブラジルに負けています。

【解説】

この判定に際して、各国の戦力分析などは一切行っていない。
選手の顔ぶれも、一切知らない。
優勝回数も知らない。
また、私自身のサーカー歴も、皆無である。
要するに、ずぶの素人の適当な判断である。

アハハと、笑って読み流して頂ければ、幸いである。

さて、2ヶ月後くらいには、結果が出ているわけだが、結果や如何に。

May 23, 2006

五月晴れの頃

ちょうど今、五月。
この間、とんでもなく気持ちの良い晴れの一日があったが、これを持って、「五月晴れ」というのだろうか?

実は、微妙。

言葉は、時代と共に変わってくるものだからだ。
事実を知りたければ、国語辞典を引いてみればいい。
大きく分けて二つの意味があるからだ。
現在の意味と、古い意味の二つだ。

現在の意味は、説明するまでもないだろう。
この意味では、この間の晴天の一日は、紛れもなく、「五月晴れ」に違いない。

古くは、五月雨(さみだれ)の合間の晴れ間を言った。
つまり、「梅雨の中休み」のことだ。

うっとおしい雨が続く梅雨にあって、時折訪れる、爽やかな晴天の時。
これを、「五月晴れ」と言うようになったのだ。

その清々しさは、容易に想像が付く。
それ故、特別の名前が命名されたのだろう。

この古い意味で言うと、六月が水無月であることも説明が付く。

「梅雨真っ盛りなのに、水が無い?」
という、見当違いのネタも激減することだろう。

今で言うと、梅雨が明け、小学校などの夏休みが始まってからしばらくの間、あまり雨が降らない時期がある。
降っても、雷雨が多い。

この時期が、旧暦では、六月に当たる。
それ故、「水無月」と命名されたのだ。

「五月晴れ」は、これから訪れる、天の贈り物のような一日のことなのだ。
今年は、古来の意味の「五月晴れ」を満喫されることを、切に希望する次第である。

そうそう、「ごがつばれ」などと読まないように。
当然、「さつきばれ」と読んでくださいね。

May 22, 2006

ダ・ヴィンチ・コードは日本向け

日本でも公開されて、話題になっている。
公式サイト

キリスト教圏では、賛否両論の大騒ぎになっているようだ。
まあ、当然だろう。

処女懐胎、復活などが、当然の事実とされている世界で、肝心の教祖様が、結婚していて子孫まであるなどと公言されては、文句の一つも言いたくなることだろう。

なので、この映画の正確な批評は、日本だけが可能なのだと思う。

キリスト教圏は、身びいきがあるので、不正確な評価しかできないはずだ。
イスラム教圏では、キリスト教に関する知識は、それほど深くないことだろう。
非キリスト教圏にあって、比較的知識を持っているのは、日本だけだと思う。

クリスマス、教会などを受け入れている割には、キリスト教徒になるわけでもない日本人の特質が、この映画の批評には、ぴったりなのだ。

イエスの弟子は、十二使徒らしいが、要するに、12人だ。
このうち、たいていの日本人は、3人くらいは、名前を挙げられるのではないだろうか。

なので、正確な批評が出来るために、あえて、書いておきたい。

日本人のほとんどにとっては、どうでも良いことがテーマである。

イエスが結婚していようが、いまいが。
子孫が生存していようが、いまいが。
何の関係もない。

日本で一番メジャーな宗教と言えば、やはり、仏教だろう。
日本仏教は、インドで、釈迦が説いた教えとは、いささか異なるようだが、釈迦についての知識という点に置いては、大差ない知識を持っている。

釈迦は、そもそも王族であり、妻もいれば、子もいる。

日本古来の信仰に置いても、妻帯した神も、ゼロではない。

それがどうしたの?と言うのが、日本人の宗教観なのだと思う。

で、最初に戻るが、せめて日本人だけは、あの映画の正しい批評をしてあげてください。
面白ければ賛辞を。つまらなければ、ブーイングを。
よろしくお願いします。

なお、念のため書き添えるが、二千年と少し前、ナザレの地に置いて生を受けたイエスという人は、大聖者だと思っているし、密かに尊敬もしている。
ではあるが、私の家は、普通の仏教の家である。
それも、きわめていい加減な宗徒の一人である。
なので、宗教的なバックボーンは、無に等しいと思って頂きたい。

そんなこんなで、私は、イエス自身のすばらしさと、教会というものは、きっちりと区別している。
イエス自身は、限りない崇拝の念を抱くが、教会というもの全てに、同様な崇拝の念は抱いていない。
別のものであるからだ。

以前、この点をモチーフに短編を書いたことがある。
今となっては、稚拙な感じもするし、表現の間違いもあるようだ。
まあ、公開してしまっているし、些細なミスなので、あえて修正していない。

お暇直りには、ご笑覧下さい。
そうそう、分野は、「SF」です。
お間違えの無いように。

苦悩

May 20, 2006

FIFAワールドカップ間近

もうじきらしい。
日本も、メンバーが発表された。

まだ、国内が盛り上がるまでには、少しの時間があるので、今のうちに書いてしまおう。
盛り上がってからだと、袋だたきにされる可能性がある。

「どうせ、今回も駄目だろう。」

これは、結果に対してではない。
選手の心構えに対してだ。

彼らは、何をしに行くのか?
何を求めるのか?

名誉、昔からの夢、日本のため。

これなどが目的なのだったら、行くだけ無駄だ。

ある競技のプロが言った言葉をパクって、表現しよう。

サッカー選手にとって、FIFAのカップ以上に欲しいものがあったら、教えてくれ。

あのカップを真っ直ぐに見つめていない者は、とっとと、フィールドを去るがいい。

これは、負けた者は何の価値もない、と言うのとは、全く違う意味だ。

優勝を目指さず、力試しに出て行った者と、優勝をひたすら目指し、意に反し敗れ去った者と。
この二人の間には、大きな差がある。

優勝を目指し、敗れ去った者にだけ見えてくる光景があると思う。

自分たちの代で、カップに手が届かなければ、せめて、階段を1段でも、作ればいい。

あのカップは、遙か高みにあるのかも知れないが、1段1段足していけば、必ず、手が届く位置まで昇っていけるだろう。
最初から、高い位置から始まった国など、どこにもないのだから。

真っ直ぐにカップを見据え、それを目指して歩き出した者だけが、カップへの道を造る事が出来る。
たとえ、決勝に出られず、予選で敗れ去ったとしても、である。

彼らは、何を目指し、何を見て、ドイツへと向かうのだろう。
ただひたすらに、FIFAのカップを目指し、たとえ蟻の一歩でも、前に足を踏み出してくれることを、祈るばかりである。

もしそうだとしたら、1勝も出来ず、敗れ去ったとしても、最大限の賛辞を送ろう。

May 19, 2006

四月一日は同級生?

4月1日生まれの人は、前の学年になるのは、よく知られている。
また、その根拠が、法律に由来することも、割と知られている。
だが、「どの法律か?」は、意外に知られていない。

そこで調べてみた。
一通り、関連条文を調べたのだが、これらがうまくまとまっているWebサイトを見つけたので、ここのURLを示すにとどめる。
http://www.jtw.zaq.ne.jp/jingchuan/age.html

年齢については、年齢計算ニ関スル法律(明治35年)で規定されている。
で、満年齢になったのは、年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年)である。

で、4月1日生まれの人のケースである。
よく知られているから、簡単に示す。

この場合、3月31日が終わった直後、4月1日午前0時になる直前に、1歳年をとると解釈されている。

学校教育法第二十二条で、「子女の満六才に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから」となっている。

4月1日生まれの人の場合、3月31日に満6歳になっているので、翌4月1日は、その後迎える最初の4月1日になる。
よって、4月1日生まれの人は、前の年度に生まれた人に加えられてしまい、前の学年になるわけだ。

これは、よく知られているとはいえ、理解や同意を得られているとは言いがたい。

国政の場に置いても、同様なようで、質問がなされている。
民主党の平野博文議員の質問である。

年齢の計算に関する質問主意書(平成14年7月25日)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a154154.htm

要するに、国民の常識から外れているし、法律によっては、誕生前に期日が来たり、来なかったりして、混乱している。
よって、統一した方が良いのではないか?と言う主旨である。

これに対して、総理名義の回答書(平成14年9月18日)がある。

内容は、理解されている、問題ない、と言う回答の羅列である。
2ヶ月程度、期間が空いているので、あっちこっちの省庁の統一見解なんだろう。
調整に時間が掛かったんでしょうね。

これは、政府の正式回答なので、効力を有する。
このため、ここしばらくは、変わりようがない。

「うちの子は、4月1日生まれなんで、まだ、小さいのに小学校へ上がるのは可哀想だ。」
と言う向きには、間に合わないかも知れないが、国民運動を起こす以外に、これを回避する方法はない。
義務教育の義務を負っているのは、保護者及び地方自治体なのだから、行かせないと、罰せられる恐れがある。

なお、小学校の現場では、「生活年齢」という尺度がある。
これは、「何年何ヶ月」という数値で判断する。
なので、4月1日生まれの子が、他の子が出来ることが出来なかったとしても、
「生活年齢が低いので仕方ない」と、判断してくれる。
また、入学時の各種成績も、ちゃんと補正して判定する。
安心してください。

まあ、せいぜい、小2くらいまでのことで、これ以降は、変わりないですけどね。
学生時代に、4月1日生まれのがいたけど、学年で一番でっかい体格だったし、そこそこ優秀だったし。

May 15, 2006

大相撲は10年後につぶれるか?

満員御礼が出続けたのは、いつのことだったろう?
先日、出先で、相撲中継を見る機会があったが、午後4時半で、2階席は、ガラガラだった。
午後5時以降に、わんさか詰めかけるなんて言うことは、滅多にあるまい。

K1、プライドなど、リアルな格闘技が人気が高い日本で、総合格闘技として、歴史も実力もある相撲が、ここまで寂(すた)れてしまったのは、何故か?

簡単に言えば、アピールする対象を、見誤っているからだ。
相撲の支持層は、マーケティングで言う、M3・F3だと思う。
50歳以上の層のことだ。

故に、平日の午後3時から放映開始(地上波の場合)、午後6時終了などという、アホな時間でも、成り立つのだ。

まず、M3・F3層が支持している故に、力士なども、どうしても、それに迎合しようとする。
この層は、「真面目」「一所懸命」「こつこつ」「謙虚」などを好む世代である。
ボクシングの亀田兄弟などは、この層からすると、

「ニュースで見るのも嫌。」

と言った感じなのだと思う。

しかし、相撲の実態は、実力だけがものを言う、弱肉強食の修羅場なのだ。
その修羅場を押し隠し、体裁を取り繕い、M3・F3層に受けが良いように、地味に活動する。

そのため、相撲の取り組みの持つ、圧倒的なまでの迫力が、伝わらない。

また、NHKが放送するという点も、ある意味、問題だ。
K1のまねをしろとは言わない。
しかし、あれでは、M3・F3層しか見ないのも、うなずける。
利点を上げると、NHK故に、視聴率を気にせず放送できるし、打ち切りも、まずあり得ないから、安定していることくらいか。

大相撲の今後を考えるとしたら、引きつけていく対象は、M2・F2層、特に、M2層だ。
35歳から49歳までの層だ。

子供の頃、馬場、猪木で育ち、あしたのジョーを目指し、極真空手に憧れた世代だ。
この層にアピールするなら、今の有り様は、落第点どころか、ほぼ0点だ。

K1などのまねをして、
「あさーーーしょーーーうーーーりゅーーーうーーー!!」
などと、巻き舌で叫べと言っているのではない。

このM2層は、仕事の中核となる世代なので、どうせ、午後9時前には、TVを見ていないので、「大相撲ダイジェスト」ではなく、しっかりと構成し、それなりの見応えの番組にしてはどうだろうか。
もちろん、民放で。

土俵での立ち会いの際、「ガッシーーン」という、骨と骨のぶつかり合う音がするそうだ。
時には、ぶつかった際に、意識が飛んでしまうこともあるらしい。

しかし、現状の中継では、そんな相撲の持つ迫力が、一切伝わってこない。

「前に出ることだけを考えいていました。」
「相手は横綱なので、胸を借りるつもりで、思いっきりぶち当たりました。」
「一番一番、大事に取っていきたいっす。」

こんなコメントばかりで、誰が見るというのか。
M3・F3層にしか受けないのも、分かる気がする。
この層に対してのアピールは、これが、百点満点のコメントだからだ。

最近、相撲協会も、危機感を感じたと見えて、子供達に対する取り組みを始めたらしい。
しかし、これが実を結ぶのは、30年くらい先になると思う。

それ以前に、協会が破産していては、意味がない。

目下の急務は、M2層へのアピール。
お間違えの無いように。

F2は、M2の奥さん達が多いでしょうから、旦那に連れられて、一緒に来てくれることでしょう。

M1・F1へのアピールは、現状では、やるだけ無駄なので、とりあえず、忘れて下さい。


某理事長様
元個人後援会会員の息子より

May 13, 2006

米軍基地の引っ越し祝儀が3兆円

とんでもない額の祝儀である。
赤字体質改善のための財政収支の改善に取り組んでいる今、3兆円もの臨時出費は、痛いどころの騒ぎではない。
しかも、その積算根拠を、アメリカは、一切、明かそうとしない。

日本は、馬鹿にされていて、ふっかけられている。

そう感じる人は多いと思う。

まあ、そんなところだろう。
当たらずしも遠からず、と言った感じだと思う。

しかし、日本は、「馬鹿野郎!」と、アメリカに言える資格があるのだろうか?

日本では、戦後と言えば、太平洋戦争終了後の意味になる。
それは、この戦争以後、戦争に巻き込まれていないからだ。
アメリカで、同様な言葉を使えば、
「どの戦争のこと?」
と、聞き返されるに違いない。

これは、運が良かった訳でも無く、日本が努力したわけでもない。
日米安全保障条約に基づき、アメリカが抑止力を発揮し、日本に攻め込む国が無いようにしてきたからだ。

まあ、アメリカには、奴らなりの利益になる点があったんだろう。
しかし、たとえ、私利私欲の為だとしても、日本の安全を守ってきたことは、間違いない。

このアメリカの抑止力が無ければ、ソ連、北朝鮮、中国などの脅威に、年中晒され続けてきたことだろう。

この点は、しっかりと把握しておく必要がある。

アメリカの防衛予算は、44兆円(2005年度)くらいらしい。
それに対して、日本の防衛予算は、約5兆円(2005年度)くらいである。

ざっとで、1/10位か。
日本の国家予算自体は、アメリカの1/4位なので、比率から言うと、決して高い国防予算ではない。
いや、むしろ、少なすぎると思う。

この独立国としては、少なすぎる予算のまま、60年以上も、安全に暮らしてきたのだ。

あの3兆円の引っ越し祝儀は、この60年分の安全のボーナスと考えれば、決して、高すぎる金額ではない。

きっと、アメリカの考えは、こんな感じなのだろう。

どんな理由があるのか知らないが、よその国の安全まで、身銭を切り、血を流して守ろうとするアメリカからすると、「非武装中立」などと言う世迷い言は、ジョークにもならないことだろう。

攻めもうとしている国が現実にある以上、何らかの備えをするのは、やむを得ない措置である。
これは、待ったなしの状況なのだ。

あの3兆円が腹立たしいのなら、身銭を切り、自分たちの子供達を戦地に送り、安全を確保する。
「防衛費削減」「非武装中立」「戦争放棄」などと言う太平の世の世迷い言を言い続けたければ、これくらいのぼったくりは、見逃す。

どちらかしか無いのではないだろうか。

自衛隊の隊員の錬度は、決して低くない。
潤沢な予算と装備さえあてがえば、立派に日本を防衛できるだろう。

しかし、それをさせないのは、我々の中に根付いている、「二度と戦争は御免だ」という思いに他ならない。

「アメリカは出て行け!」というのなら、日本の安全は、自分たちや、子供達の手で、血で、守ることになるんですよ。

そこまで考えた上で、「けしからん」というのなら、個人の自由ですから、何もコメントしませんけどね。

個人的は、戦争も、徴兵も御免被る。
米軍に駐屯して欲しくもない。
どちらかを選ぶ必要があれば、仕方ないので、しぶしぶ、駐屯継続と言うことになるだろう。

なお、米兵によるレイプ事件や、地位協定を盾に、なかなか犯人を引き渡そうとしないアメリカの態度は、きっちり直していく必要があると思う。
しかし、これは、今回の件とは、別の問題だと思う。

May 11, 2006

下流社会を楽しく

前回、「下流社会」という本のレビューをしたが、今回は、その後の事である。
下流階層について書いてみたい。

下流層で、一番問題になるのは、なんと言っても、お金がないことだろう。
お金がないから、良いものも食えないし、ゆとりもない。
また、子供の教育にも、お金を掛けられず、一流大学に入れてやれない。
故に、下流層の子供達もまた、下流層から抜け出せないという、負のループが形成されつつあると説く。

これから抜け出すには、アメリカへの日系移民の一世のやり方が参考になる。
彼らは、自分の子供達(二世)を、大学に通わせるため、自分たちは食うや食わずで、必死になって、子供を育てた。
その結果、アメリカ社会で、一定の地位を得ることが出来るようになった。
これを、そのまま行えば、下流から抜け出せることになるだろう。

しかし、私は、そんな暮らしは御免だ。
下流の暮らしが、それほど、哀れみを受けるような悲惨な暮らしなのか?と思ってしまう。

結局、大量生産、大量消費社会に置ける、より望ましい生活を送りうる者達を上流、そこまでではないが、ある程度享受可能な層を中流と定義しているように思えてならない。

お金がないと言うが、食うに困っている人は、意外に少ない。
食うに困っている人を見ると、借金故だったり、働き手がおらず、生活保護を受けているケース、あるいは、ギャンブル癖があり、使ってしまうなどである。

他にもあるかも知れないが、これらを持って、「下流の生活は悲惨」とは言えない。

では、一般家庭では、何に、お金がかかっているのか?
まず第一に、生活が派手になっていること。
次に、子供の教育資金だろう。

家賃・固定資産税等、水道光熱費、最小限の食費、最低限の衣服。
これだけを計上すれば、一月当たりでは、それほど高額なお金はいらないと思える。

以前にも書いたが、資本主義は、大量生産・大量消費を強いる経済形態である。
故に、CM等で、大量消費をさせるべく、浪費をあおる。
まず、これから脱却することが、下流社会を楽しむスタートになると思う。

「死なないために、何が必要か?」という観点で、周りの出費を整理し、必要経費とそれ以外を分けてみると良い。

もちろん、月一回の外食なんぞは、「その他」ですよ。
都会などでは、車も「その他」です。

別に、「その他」の出費を無くせと言っているのではない。
必須ではない、イコール、楽しみのために出費していると、明確にすることが目的である。

趣味は、採算など、度外視である。
しかし、それは、楽しみをもたらしてくれる。

月一回の外食を、「趣味」に含めれば、それは、楽しいお出かけである。
しかし、「必須」、あるいは、「当然」に含めてしまえば、とたんに、収入の少なさが、気になってくる。

下流社会を楽しむためには、まず、大量消費の呪縛から、逃れて自由にならないといけない。

もっと貧乏でも、楽しく暮らしていた時代があったんですよ。
それも、ほんの40年ほど前に。

May 06, 2006

アフィリエイトに対応

このブログも、アフィリエイトに対応した。
でも、実は、全く期待していない。

「アフィリエイト」では小遣いを稼げない!?


このような記事を読むまでもなく、あちこちで聞いていたのだ。
なので、一番楽に設定できる@niftyのサービスを採用した。

要するに、ISBNで検索できて、本の表紙の画像などが、合法的に入手でき、著者名なども、いちいち貼り付けなくても良いから、楽チンなのだ。

いや、そんなこと言ってると、怒られるか。
皆さん、是非、よろしくお願いします。(。_・☆\ ベキバキ

ただ、出典の引用が楽になったので、書評関係も、時々書いていこうと思っている。

問題は、滅多に書店に行かないことだ。
なので、行ったときは一気に買い込み、その際に、一気に書評連発と言うことになるのかも知れない。

下流社会-その読み方-

下流社会 新たな階層集団の出現 光文社新書
三浦 展 (著)
※マイリスト参照

今更ながら、この本を読んだ。
何ヶ月ぶりかに書店に行き、買いあさった中の一冊である。

この本は、統計を元に、現在の状況を解説した本である。
やや統計データの数が少ないが、まあ、実態と、それほど大きな差はあるまい。
解説も、的はずれでもない。

社会現象を扱う人、マーケティング担当者は、目を通しておく必要があるだろう。
しかし、それ以外の人は、やや注意を要する。

この本は、生まれながらにしてのブルジョワ階級は、対象としていない。
あくまでも、一般階級と見なしうる階層を対象としている。

その中で、誰しもが望むであろう「上流」への切符は、一流大学・一流企業に入ることが近道だと説く。
いや、説いている訳ではない。
本当は、上流層は、そういう経歴の人が多いと、分析しているに過ぎない。

しかし、上流を望む人にとっては、それは、説いているに等しいことだろう。

もう一度書く。
この本の内容は、決して、的はずれではない。
しかし、よりよい未来への手引き書でもない。
あくまでも、現状を分析した本に過ぎない。

これを、頭にたたき込んでおく必要がある。
この本は、幸せな未来への手引き書ではないのだ。

現時点から、どこかに進んでいこうとする場合、まず、現状の把握が欠かせない。
そういう意味に置いては、この本は、貴重なデータを提供してくれる。

この本の与えてくれるデータを、生かすも殺すも、読み手次第なのだ。

この本をきっかけに、さらなる格差社会を生むか、それを直していくのか。
あるいは、受験競争に拍車を掛けるのか、新しいものを生み出すのか、は、我々、読み手次第なのだ。

« April 2006 | Main | June 2006 »