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NEWS ZERO

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November 28, 2006

次期首相は誰に?

早急に決めなければいけない問題である。

先日、造反議員の復党を、国民の合意無しに、推し進めた。
自民党にとって、復党など、珍しくもないが、国民の支持頼りの昨今にあって、これは、愚挙といえるだろう。
まあ、老害を、もろに被ったんでしょうね。

当然のごとく、来年の参院選挙は、負ける可能性が高く、そうなれば、安倍総理は、退陣か、死に体となるだろう。
で、待っているのは、退陣か、悪あがきしか残されていない。

それを避けるためには、人気取りの施策を、矢継ぎ早に繰り出して、今回の事件を風化させるしかない。

こんなやり方で、日本が良くなるわけはない。

ブッシュ政権が、今後、どれほど素晴らしい施策を行ったとしても、悪あがきにしか見えないのと同じで、今後、安倍政権も、悪あがきにしか見えなくなるだろう。

故に、安倍政権の最重要課題、憲法改正は、道筋すら、付けられない可能性が高くなった。

総理には可哀想だが、ここは一つ、次期首相候補の最有力者を決めて、国民の目を、未来に向けさせる以外に、明るい展望を抱かせる方法はない。

以上が、次期首相候補を、早急に決める必要があるという根拠だ。

もちろん、大はずれになることを、期待する。
その方が、日本にとっては、好ましいだろうから。

November 18, 2006

愛国心は、妥当か

いま、教育基本法の審議が、国会等で行われている最中である。
タイミングを書けば、衆院で可決し、参院で審議が行われようとしている段階である。

野党は、いじめ問題とか、やらせ疑惑などを、さかんに質問しているが、これは、基本法の議論と言うよりは、来るべき参院選挙に向けての宣伝という意味合いが強い。
なので、実質、以前の審議が全てなのだろう。

以前の論点は、愛国心や、国の関与が問題だった。
この内の愛国心について、考える。

この愛国心も、賛否両論だった。
賛成派の意見としては、
「当たり前のことだ。何が悪いのか?」
と言う感じだ。

うーん、ごもっとも。

反対派の意見としては、
「戦前の軍国主義回帰だ」
という、イメージ的な拒否反応が全てなのだろう。

いや、ごもっとも。
国家総動員法も、戦争も、まっぴら御免です。

なので、間に立って、仲裁する立場で書く。

基本的に、私は、愛国心について、どちらかと言えば、肯定派だ。
当たり前のことを、当たり前に書いているだけのことで、反対する方がおかしい。
大体、どこの国に、自分の国を愛する気持ちを、否定する国民がいるのだろうか。
議論する必要さえない。

しかし、「愛国心」と聞いて、「愛國」だの、「お国のために」などを、連想することも、また、事実である。
そして、これは、絶対に、お断りだ。

否定的な意見を持つ人たちは、
「戦前=軍国主義=戦争」
と言う短絡的な意見を、持っていないだろうか。

必死になって守らなければいけないほど、戦後は、素晴らしい時代ですか?
どっちかというと、軍国主義という大きな過ちを除けば、人の心は、戦前の方が、豊かだったのではないですか?

私は、戦前までの日本人の有り様の中で、軍国主義、天皇崇拝などを取り除いた全てを、復活させるべきだと思う。
私達は、中国人でもなければ、アメリカ人でもない。
やはり、日本人なのだ。

戦前は、遠い過去になりつつある。
大家族制度の弊害、古い因習に縛られた閉鎖的な社会など、昔の日本の悪い部分は、時間の経過と共に、明らかになりつつある。

今なら、戦前の方が良かった部分と、戦後の方が良いと思える部分の選り分けが、可能なのではないですか?

愛国心というのは、比較的大きな概念だと思う。
故に、上記の、戦前の悪い部分を、きっちり取り除いても、まだ、取り入れる利点が残るはずだ。

そう言う愛国心なら、入れて貰ってかまわないと思うのだが。

November 15, 2006

小人か、臥龍か

小人閑居して不善を為す、とは、有名なことわざである。
大したもんじゃないお前が、暇だと、ろくな事はしない。
だから、せっせと働け、と言う意味に使われることが多い。

しかし、出典は、微妙に違う。
四書五経のうちの四書の大学の一節。

君子必慎其独也 小人閒居為不善

訳→君子は独りでいる時に必ず慎み深くするが,小人は他人の目がないと悪い事をする

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/bknk/kotonoha.html

いま流行りのニートと、やっていることは、そんなに違わないのに、臥龍先生と呼ばれた男がいた。
かの諸葛孔明である。
諸葛亮、字は孔明であるので、正しくは、諸葛亮であるが、それは、まあいい。
先生は、日本語で言うと、「さん」なので、臥龍さんと言う呼び名だったらしい。
孔明の場合は、引きこもっていたわけではなく、晴耕雨読の生活だったらしいが、だとしても、普通は、「百姓」と、呼ばれていたはずだ。

先の小人閑居に戻る。
普通、閑居というと、暇を持て余した状態を想像するが、この場合は、前とのつながりから、一人でいると言う意味になる。

このことわざから、慎独(しんどく)と言う言葉が生まれた。
自分一人のときでも、心を正しくもち行いを慎むこと、だそうである。

http://www.asahi-net.or.jp/~bv7h-hsm/koji/huzen.html

ほとんどに多様なことをやっていても、片方は、臥龍と尊称され、片方は、引きこもりの穀潰しと呼ばれる。

その違いは、どこにあるのか。
それは、本人の生活態度による。

引きこもりの原因は、様々であろう。
しかし、部屋の中にいる分には、自由でいられるはずだ。
そこで、君子慎独と呼ばれるか、小人閑居と呼ばれるかは、あなた次第だ。

決して、社会の腐敗のせいでも、親の仕打ちでもない。

古来、似たようなことをやっていた人は、数多いが、全て、貶められていたわけではないことを、肝に銘じておいてください。

どうせ、外に出る気がないのなら、せっせと読書でもしてみたら?

おっと、人のことを言っている場合じゃない。
こっちも、肝に銘じないと。

November 13, 2006

自転車も、携帯禁止に

自転車は、道路交通法で、軽車両という。
携帯電話に関しては、71条で「自動車又は原動機付自転車」とされているため、特に禁止されてはいないようだ。
これを、軽車両にまで、広げて欲しいというのが、素直な感想。

先日、乗用車を運転中、赤信号で止まった。
先頭から3台目だったが、前2台は、右折。
田舎道なので、片側1車線で右折ラインなどは無く、場合によっては、信号が再び赤になってしまう可能性が高い。
半ば諦めていたところ、前2台は、次々と右折してしまった。
予想に反して、早々に、通り抜けられるはずだった。
しかし、実際には、少し待つことになった。

なぜ、前2台が、右折できたかというと、対向車の軽のおばさんが、発車しなかったからだ。
別に、ボケをかましていたわけではない。
なんと、おばさん軽の前を、自転車でのんびりと横断しているアホがいたからだ。

歩行者用信号どころか、車用の信号まで、赤に変わっている。
それどころか、こっちは、既に青になっているのだ。
自転車のアホは、信号無視も良いところ。

自転車のアホは、転びそうなくらい、遅い速度で走っていて、両方の車を待たせているにもかかわらず、そのままの速度で、のんびりと、横断していった。

おそらく、自転車のアホは、信号無視をしていたことも、みんなを待たせていたことも、知らなかったことだろう。

そう。
奴は、携帯を操作しながら、運転していたのだ。
おそらくは、メールでも打っていたのだろう。

私も、対向車のおばさんも、じっと待っていたので、危険はなかった。
しかし、これは、「たまたま」に過ぎない。

こういったケースは、これに限らないはずだ。
これは、マナーとか言うレベルではなく、危険行為に分類すべきであろうと思う。
このアホがよろけて、引っかけた車が、アホを死亡させた場合、交通刑務所行きなのだろうか?
軽減されて、免停か?
ドライバーにとっては、正直、降って湧いた災難のようなものだ。

よって、71条の適用範囲を、軽車両にまで広げることを、希望するものである。

なお、この出来事があったのは、数日前のことで、既に過去のことである。
故に、怒りにまかせて、書き散らしているのではないことは、ご承知おき頂きたい。

November 11, 2006

タウンミーティングで、やらせ質問

これ、何が問題なのか、良く理解できない。
あくまでも、「いまさら」であるが。

今回、画期的だったのは、暗黙の了解事項を無視して、報道したことである。
評価すべきは、この一点。

各種審議会というものがあるのを知っているだろうか?

行政機関が特定の政策や運営方法についての意思決定にあたって設置する合議制の諮問機関で、設置には法令上の根拠が必要(インフォシーク国語辞典)である。
つまり、公的な機関と言うことだ。

で、この審議会というものは、立場によって、定義が違う。
官僚から見た場合の定義は、次のよう。

「省庁の決定事項を権威づけるために行う、一連の手続き」

審議会の結論は、下記のよう。

「一部、異論もあったが、おおむね、意見の一致を見た」

で、答申内容は、かねてより用意された「修正案」が、答申される。

審議会の議論の全ては、官僚が作成されたシナリオに沿って行われる。
なんでも、反対意見や、それを発言する人まで、用意されているらしい。
「全員賛成」では、信憑性が無いからだそうだ。

ある官僚が、間違えて、雛形にした昔のシナリオの方を提出してしまったのだが、誰も気づかず、滞りなく終了したらしい。
要するに、参加者も、誰一人、真面目にやっていないのだ。

「省庁が勝手に決めたんじゃないんだよ。第三者からなる審議会が、決めたんだから、公平かつ妥当な判断なんだよ」と言いたいが為に、寄せ集めた、茶番劇に他ならない。

法令上の根拠が必要な、審議会ですら、この有様なのだ。
まして、一般庶民の意見を聞くだけのタウンミーティングとやらでは、推して知るべし、である。

この件で、驚いたと言うのなら、それは、あなたが、あまりにも、官僚のやり口を知らなさすぎたというだけのことなのだ。
マスコミは、一切合切を承知の上で、しらばっくれて、この件だけを報道しているのだ。

小泉政権、安倍政権と来て、このことが、改善されつつあるのなら、それこそが朗報なのだ。

November 02, 2006

SW7-9

あえて、わかりにくい表題にした。
SWとは、あのスターウォーズの略である。

すでに、第二期トリロジー(三部作)が完結した。
当然、私の手元には、エピソード1-6のDVDが揃っている。

残るは、第三期トリロジーなのだが、これは、作られないらしい。
当初のコメントでは、エピソード1-9があると言うことだったのだが、
制作のジョージ・ルーカス自身が、
「そんなことを言った覚えはない」
と、しらを切っているので、まず、制作されないだろう。

SWが、レンズマンをモチーフにしているのは、有名な話だ。
なんでも、ルーカス氏が、映画化を、レンズマン著作権者に打診したところ、断られてしまい、「それなら、オリジナルでやってやる」と、作り出したのが、SW エピソード4だったらしい。

実際、レンズマンシリーズを読んでみると、その辺のことが、よく分かる。
なぜ、エピソード4から始まったのかも、納得なのだ。

それはいい。
しかし、このままだと、シリーズ最大の伏線が、未解決のままになってしまうのだ。
それは、第一作から、堂々と書かれているメッセージである。
「むかしむかし、銀河の遙か彼方で……」

なぜ、大昔という設定なのか? なぜ、「この」銀河の遙か彼方なのか?

この意味を説明できる人がいるだろうか?

「『むかしむかし』というのは、昔話のありふれた書き出しであり、SWが、おとぎ話として作られたから、それを模しているのだ」

、というもっともらしい説明で、納得していないだろうか。

それだけではないことは、レンズマンシリーズを読んだ人なら、分かって貰えると思う。
それは、物語の最後で明らかになる、あっと驚く伏線なのだ。

それは、おそらくは、エピソード9のエンドロールが終わった直後に明らかになる。

知りたいですか?

知りたくない。あえて、映画になるのを待ち続けると言う人は、ここから先は、読まないでください。
そして、辛抱強く、お待ち下さい。
その有り様を、決して、非難するものではありません。

読んでみたいと思った方は、こちらへどうぞ。

エッセイ→エンターテイメント
とたどると、このタイトルと同じエッセイが載っています。

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