Recent Trackbacks

June 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

お薦めリンク

ウェブページ

NEWS ZERO

  • NEWS ZERO

« 英語教育~そもそも~ | Main | 民主党の正念場 »

March 23, 2009

英語教育~話せるために~

さて、どうすればいいか?、である。
最大のポイントは、コミュニケーション・ツールであるという認識を持つことだと思っている。

おそらく、会話の相手は、日本人である私と会話したいのであって、英米に染まりきった私などとは、話もしたくないことだろう。

かのキッシンジャー補佐官(当時)は、ドイツ語訛りだったと聞く。
だから、堂々と、ジャパニーズ・イングリッシュを話せばいいはずだ。
よって、発音などは、これで、OK。

相手の意図を理解し、自分の意図を伝える。

これが、言語の目的だろう。

そのために、最初に必要になるのは、頭の切り替えだと思う。
英語とは、上級種族が話す高級語ではなく、魔法の呪文でもない。
相手も、日本人と何ら変わらないおっさんやおねえちゃんが、話しているのだから、まず、こちら側の気負いをなくす事が、必要だ。

英語だって、言語の一つに過ぎないのだ。

これだけのことで、現在、受験英語を習っている学生の多くは、「話せる」様になるはずだ。

簡単なことだが、これが、一番出来ていないと思っている。

後は、「英語で考える」ことだろうか。
私などは、英語を理解しようとすると、どうしても、日本語に翻訳して考えてしまう。
これを、やめなければいけない。

大量の英文を読み、何となく理解しておけばいい状況では、単語単位では、翻訳するが、文としては、翻訳せずに読んでいる。

たぶん、その操作は、拒否される、システムによって。
あなたは、しなければいけない、セット、オプション、あらかじめ。

こんな感じだ。
その結果、ちゃんと、Debianのqmailは、動作してくれた。
私にとっては、必要充分だった。

なので、次に必要なのは、翻訳することをやめ、何となく理解することだと思う。

readとあったら、「読む」と言う日本語をイメージするのではなく、読書でもしている状況を思い描く、と言うことだ。

あとは、ひたすら、英語に浸かることだろう。
頭の中で、英単語の意味するところをイメージとして捉え、英語で考える。

それを繰り返していけば、必ず、英語が、イメージとして捉えられるはずだ。

これは、学生時代に読んだ「英語で考える」(松本氏著)から得た知識だから、間違ってはないはずだ。

ま、松本先生(故人)のフルネームすら忘却の彼方である状況なので、話半分くらいかも知れないが。

米国に留学していたお姉ちゃんの言によると、留学して8ヶ月ほど経ったある朝、テレビのニュースを見たら、突然、意味のある言葉として、聞こえてきたそうだ。
それまでも、日常生活に支障はなかったそうだが、ある朝突然、「言葉」に変化したらしい。

その前の晩は、そうではなく、突然、そうなったらしい。

そのエッセイには、「英語脳」とか「英語耳」とか、書かれていた。
そうなるためには、8ヶ月の英語オンリーの生活が必要だった、と言うことなのだろう。

もう一度書く。
英米人が求めているのは、欧米思想に染まりきったアメリカ人もどき、ではなく、日本人としてしっかりとした見識を持った上で、英語を理解できる相手なのだ。

「ノブナガ・オダの存在が、日本の帝国主義に与えた影響は何か?」
こんな事、イギリスの大学では、平気で質問してくるらしい。
当然、その人なりのしっかりとした見識から来る、理路整然とした答えを返さなければいけない。

必要なのは、返事の流ちょうさではなく、内容だ。

ただ、内容と言っても、
「あ?何こいとんねん。筋違いや!…」
…でも、かまわないようだ。しっかりとした見識のある内容が、その後に続きさえすれば。

連中が求めているのは、議論が可能な相手であって、通訳などではないからだ。

英語教育に、一番必要なのは、まず、その勘違いを無くさないといけない。
まず、上記の二点から、チャレンジしてみてはどうだろうか?

ただ、英米の大学に留学するつもりならば、信長・家康は、もちろん、上杉鷹山についての、自分なりの見識を披露できる位、日本を知っていないと、相手にもしてもらえませんよ。

日本人ならば、当然知っておくべき事柄を、自分なりの理解で納めておかないと、相手にもしてもらえません。

真に「国際人」になりたいのならば、まず、普通の日本人になる必要がある。
その上で、ツールとしての言語の知識が、多少必要になってくると言う順番だ。
お忘れ無く。

英語の授業時間を増やすのはかまわないが、国際化への対応ならば、実は、国語や歴史の時間も増やさないと、「国際人」は、増えませんよ。

そうそう、この英語シリーズの最後として、書いておくが、中・高6年間は、こんな事一切忘れて、受験科目としての英語をひたすら覚え、大学に入ってから、学び直した方が無難だろう。
受験科目としての英語は、実際の場面で必要となる英語とは、全く違うものなのだから。

「基本は同じだから、全く無駄にはならない」
くらいの、軽い気持ちで、受験英語をマスターしよう。

自分の意図を伝える道具、ではなく、受験生を振り落とすための手段なのだから、同じものであるはずはないのだ。

これは、しっかり区別しておこう。

文科省の方針など、一切無視しておかないと、合格できませんぜ。
ネイティブ達が合格点を取れないのが、日本の受験英語のテストなのだから。

« 英語教育~そもそも~ | Main | 民主党の正念場 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28289/44440915

Listed below are links to weblogs that reference 英語教育~話せるために~:

« 英語教育~そもそも~ | Main | 民主党の正念場 »