Recent Trackbacks

February 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

お薦めリンク

ウェブページ

NEWS ZERO

  • NEWS ZERO

« 民主マニフェストが風前の灯火 | Main | ライターを使い捨て »

October 19, 2009

客観視は、行うは難し

先日、80歳は超えているであろうおじいさんと戦時中のことを話す機会があった。

実は、仕事柄、老人とは接する機会が多く、この手の話は、よく聞いていた。
そこで、過去に聞いた話を、ほぼそのまま話していた。

少しして、その老人曰く、
「それは、作り話だな」

その話だけでなく、ことある毎に、それを決まり文句のように、繰り返していた。

ここで、私の立場は、傍観者である。
戦争に行ったのは、親どころか祖父の世代だ。
当然、空襲も、戦後の混乱も経験していない。
かろうじて、高度経済成長は経験したが、世の中の事件を気にするようになった頃には、オイルショックが、日本を襲っていた。

なので、戦時中の話は、全てが、昔話の伝聞によっている。

私にとっては、昔聞いた部隊長の話も、朝鮮半島に1年だけ行った今日の老人の話も、同列に、「伝聞」として、整理されている。

なんでも、戦時中は、宴席もたまにあったが、完全な無礼講で、上官・部下の区別など存在しない。よほどの無礼を除き、自由であった。

北支派兵前に、耐寒訓練として、朝鮮半島で馴らすなど、あり得ない。

中国からの引き上げは、敦賀には、来なかった。

まあ、ざっとこんな点について、「作り話」として、指摘されたものだ。

この点について、私は、反論する立場にない。
全部、伝聞だからだ。
当時の情勢も、歴史書や、ドラマ、ノンフィクション番組などから得た知識しかない。

これ、客観的に見て、どちらが正しいと思うだろうか?

終戦前の、おそらく昭和19年に徴兵されて、下っ端として過ごした老人と、部隊長として、何年も中国に行っていた老人と、どちらを信じるべきか。

私は、どちらも、「昔話」として、受け入れることにした。
記憶違いはあったとしても、状況的に、偽りを話す必要など無かったからだ。

で、本題にはいる。
ここで言いたいのは、今回の老人の「独りよがりさ」だ。
たった1年だけ、新兵として行った経験を元に、中国、南方、様々な環境で、日本は戦っていたにもかかわらず、戦争の全てを断じている。

その老人の知識だけで判断すれば、「ある意味」という前提付きで、間違ってはいないだろう。
しかし、普遍的な真理とは言えない。

似たようなことを、やっていないだろうか?

私は、やっていた。

たとえば、世界中に支社を持つ大企業に、1年勤め、退職した。
で、
「あんな会社は駄目だ」
とか、吹聴していないだろうか。

他山の石。
人の振り見て我が振り直せ。

古来、表現を変えて、繰り返し繰り返し諭されてきたにも関わらず、同じ過ちを繰り返している。

客観視の大切さと、難しさを、同時に実感した次第である。

そうそう、「世界的大企業」なんぞに勤められるほど、優秀ではなかったので、そんな経験はない。
付け加えておく。

« 民主マニフェストが風前の灯火 | Main | ライターを使い捨て »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28289/46528531

Listed below are links to weblogs that reference 客観視は、行うは難し:

« 民主マニフェストが風前の灯火 | Main | ライターを使い捨て »