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NEWS ZERO

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February 27, 2010

高すぎるキム・ヨナ得点への私見

結論から書く。「何をいまさら」

前提として、

ヨナの演技にケチを付けてはいない。
金メダルは、妥当だろう。

を、あげておく。

以前、ショートトラックで、韓国が判定にクレームを付けていた時に、かつて日本のフィギュア選手だった人が言っていた。
「えこひいき? それがどうしたの?」
、と。

続いて、解説を加えていた。
「日本人は、際だって優れていて、明らかに勝っている場合にのみ、勝つことが出来る」

たとえば、スピードスケートやジャンプなどは、こういった問題が起きる余地は、ほとんどない。
それぞれ、速い方、遠くへ飛んだ方が勝ちだからだ。
いちゃもんを付けるとしたら、反則などの点だけだろう。

長野では、日本ジャンプ陣が活躍した。
で、ルールが変わり、専用のジャンプスーツが禁止され、さらには、身長の高い選手が有利になった。

まして、フィギュアは、冬季唯一と言っても良いくらい、「私感」が堂々と認められている競技である。
独断と偏見が許されるシステムになっているのだ。

F1だってそう。
日本の自動車会社の車とブラジル人ドライバーが優勝した翌年は、大々的なレギュレーションの変更があった。
だが、フランスの自動車会社の車とイギリス人ドライバーが優勝した翌年は、ほとんどそのままだった。

…まだ書く?

つまり、ヨーロッパでは、「偏見」や「差別」と言う言葉は存在しない。
コメントするのに困るくらい当たり前の「常識」なのだ。
柔道などのように、東洋由来の競技は良い。
ヨーロッパ由来の競技は、白人、やむを得ない場合は、ヨーロッパの国の国民が勝つのが当たり前なのだ。

フィギュアもF1も、ヨーロッパ由来の競技なのだから、ヨーロッパの国やその国民が勝つべき競技なのである。

最近のフィギュアでは、日本の浅田真央や安藤美姫、韓国のキム・ヨナなどのレベルが違いすぎて、減点してもなお届かない高みにあるが故に、メダルを与えざるを得なかっただけのことだ。

この欧州感覚は、五輪に置いて、最高潮に達する。
これは、日本だけではなく、世界の常識である。

最近は、浅田真央らの活躍によって、この常識を知らない若者が増えてきているようだ。
故に、今回の高すぎるヨナ得点に批判が集中しているのだろう。

今回の真相は、日本減点が基本姿勢としてあり、その流れで、ヨナ加点へとなったものだろう。
他に加点すべき対象が無いのだから、仕方ない。
いや、やったのだが、本人の得点が低すぎて、3位にしか届かなかっただけの話なのだ。

今回の騒動は、冬季五輪においては、当たり前のことだ。
当たり前のことが、当たり前に起きただけのことであり、何度も何度も特筆すべき事件ではない。

ただ、「いくら何でも加点しすぎ」ということだ。

そう言う意味では、一番の被害者は浅田真央で、次いで、ヨナかも知れない。
ショートもフリーも、ヨナの演技は悪くなかった。
ビデオで再度採点しても、やはり、ヨナの金メダルは妥当だと思う。
但し、「僅差で」だ。
本人はベストを尽くしただけなのに、悪者にされかねないヨナがかわいそうでもある。

これから先、ネットで大炎上でもしない限り、この話はこれまで。
だって、「常識」なんだから。
若者達は、覚えておいてね。

February 26, 2010

浅田真央は銀

まず、前置きは、さっさと書いてしまおう。

些細なミスがあったとはいえ、浅田真央は、すばらしい演技を見せてくれた。
今までの努力も含めて、拍手を送りたい。
金を取ったキム・ヨナは、素人目には、ほぼノーミスの演技を披露し、見事であった。
それ以外では、安藤美姫のクレオパトラが印象に残った。

さて、本論である。

「キム・ヨナの点数、高すぎねぇ?」

今回のフリーでは、韓国のジャッジが入っていた。
フィギュアでは、各ジャッジのうち、最高点と最低点を除く5名だかの得点で決まる。
一見、公平なようだが、協力者が一人いると、好きなように高得点が付けられることに気がつく。
たとえば、普通なら、130点くらいのところを、150点付けたいとする。
まず、本命ジャッジがこの点数を付け、協力者が、常識はずれな高得点を付ければいい。
第2位の得点は、採用されるので、めでたく、本命ジャッジの得点が加わることになる。
最低点も、同様な仕組みで、調整可能だ。

キム・ヨナの演技は、悪くなかった。というか、かなり出来が良かった。
しかし、過去の最高得点を20点も上回るほどの出来ではなかった様に思える。

これから先、下手をするとン十年にわたって、こう言われかねない。
「女子フィギュアの最高得点は、228.56点。2010年のバンクーバー冬季五輪において、韓国のキム・ヨナが記録」

ここまでの、超絶演技だったか?

ま、「負け犬の遠吠え」と言われるのは、本意ではないし、度が過ぎて、真央ちゃんにまで影響が及ぶといけないので、この辺にしておこう。

彼女の銀メダルを祝して、タバコに火を付けよう。

おめでとう。

February 25, 2010

小沢幹事長の説明責任

鳩山総理の件も、全く同じである。
また、両氏への擁護でも非難でもない。
もちろん、自民への擁護でもない。
素朴な疑問である。

最近の世論調査によると、特に小沢幹事長が説明責任を果たしていないと言う意見が、70%を超えている。
で、その「果たしていない」と考える人たちに聞きたいのだ。

いったい、何を話せば、納得しますか?
説明責任とは、何を持って、そう判断していますか?

面倒なので、小沢幹事長・鳩山総理をまとめて、「小沢」と称する。

まず、小沢が本当に無罪もしくは、濡れ衣だった場合。
「やってない」のだから、それ以上は表現のしようもなく、同じことの繰り返しになるのも頷ける。

グレーゾーンの場合は、うかつなことを言えば、再度、検察が動く可能性もあるので、揚げ足を取られないように、無難な答弁をするはずだ。
実際、そんな感じの答弁ばっかりだった。

本当は有罪の場合。
この場合は、公の場で、やらかしたことを包み隠さず打ち明け、謝罪すれば納得するのだろう。
…そんなの、あり得ないでしょう。

結局、
「本当は、○月○日こういう金を受け取りました」
と暴露しないと納得しないのではないのか?
で、そんなことは、絶対にあり得ないと思わないのか?

つまり、「説明責任を果たしていない」というのは、基本的に有罪と決め込んでいて、それに沿った答弁が無いことを持って、「果たしていない」と判断していないだろうか。

いや、批判を恐れず、実態(と思える真相)を書いておこう。
心中、有罪と決め込んでいるマスコミが、やらかした悪事を吐露しないことをもって、「果たしていない」と連呼しているのを聞いて、「なるほど」と、思いこんでしまっていると考えている。

政府の公報の印刷媒体。
検察の守秘義務違反回避用の特殊プリンタ。

こんな状態に堕しているマスコミの報道なんか、そのまま受け入れてはいけないよ。
色々な媒体の報道を見て、自分なりの見解を持たないと。

だって、公平な報道ならば、小沢側の立場に立った報道だって、あってしかるべきなのに、一切無いのだから。

あなたは、何を説明すれば、「説明責任を果たした」と判断しますか?

ちなみに私は、
「どっちでも良いから、さっさと日本立て直せや! 出来ないのなら、自民に明け渡せ」
である。
説明するはずもない内容のことを言わないからと言って、延々と非難し続けるほど、日本の将来を楽観していられないというのが、素朴な感想である。

February 24, 2010

ランチャーの替わりに~標準のみのアプローチ~

標準状態のWindowsのみで構築できるやり方だ。
今使っている状態であるが、ランチャーが見つからない為の苦肉の策である。
ここに至った経緯は、前回の「ランチャーがない!」を参照して貰いたい。

1.頻繁に使うアプリとそうでないアプリをランク分け

だいたい、4ランクくらいに分けている。
・必ず毎日使うアプリ(最重要)
・頻繁に使うアプリ(高頻度)
・時々使うアプリ(中頻度)
・滅多に使わないが、デスクトップに置いておかないと、忘れてしまうアプリ(低頻度)

全てに共通しているのは、「大事なアプリ」と言うことである。
低頻度でどうでも良いアプリは、スタートメニューをたどればいい。

コンセプトとしては、
・最重要・高頻度は即起動
・中頻度は30秒程度までは許容範囲
・低頻度は2分程度まで許容範囲

2.最重要はホットキー

ブラウザ、巡回ツール、メーラーなどがある。
Alt+Ctrl+*で起動させる。
大した数ではないので、十分覚えられる。
ちなみに、メーラーは、Alt+Ctrl+Mである。
この手のショートカットは、スタートメニューかデスクトップに置いておかないと、ホットキーが有効にならない。
そこで、スタートメニュー内に実体フォルダを作り、そのショートカットを、デスクトップに置いてある。
デスクトップが溢れてきたら、このショートカットに放り込む。
Windowsを再起動すれば、確実に、ホットキーが有効になる。

3.高頻度は、クイック起動バー

表示されているアプリは、3つにしている。
残りは、メニュー式に出るので、問題なし。
メニュー部分は、中頻度に分類している。

4.デスクトップは、中頻度と低頻度の混合状態

時々使うアプリと、目立つところに置いておかないと忘れてしまうアプリのショートカットを置いている。
ディスプレイの解像度によって、デスクトップに置ける数は違ってくるが、それに関係なく、ディスプレイの専有面積を半分までにしている。
これを超えると、1/3程度に減らすことにしている。

5.低頻度は、フォルダに放り込む

とは言っても、デスクトップから直接たどれるようになっている。
仕組みは、次の通り。

・適当な場所に、フォルダを作成。ちなみに、私の名前は「ランチャ」。このフォルダ内に、いくつかの実体フォルダを作り、そのショートカットを、デスクトップに置いておく。
たとえば、「ゲーム」「DVD編集」「FromLHA」など、ジャンル分けしてデスクトップに置いておく。

・デスクトップは、新規アプリの仮置き所にしているので、溢れてきたら上記フォルダに放り込む。
上記フォルダのショートカットに、ドラッグ&ドロップすればいい。
見事に放り込まれる。
フォルダショートカットを開けば、普通にマイコンピュータで開くので、ランチャ的に使える。

6.基底方針は、「区別しすぎないこと」

ジャンル分けしすぎると、どこに分類して良いか分からなくなるし、どこに入れたのか分からなくなって、迷子になってしまう。
「新規インストールしたら、既に入っていた」てなことになりかねない。

また、重複も恐れない。
高頻度アプリは、中頻度にも入っている。
ウィンドウをいっぱい開いている時は、クイック起動バーが便利なので、そこから起動すると言う具合だ。

多数のアプリを毎日のように使いまくる、なんて言う人は、滅多にいない。
ほとんどの人は、最重要アプリが2~3個、高頻度を入れても、10個以内だろう。このジャンルのアプリだけ、すぐ起動できるようにしておけば、とても快適になる。

7.メモは必ず残す。

人間は、忘れる動物である。
ホットキーだって、5個覚えていたら、記憶のいい人だと思う。
IEだから「I」だったな、とかしておけば、もう少し増えるか。

だから、メモ専用フォルダを作り、ここにテキストファイルでメモしておく。
そして、そのショートカットを、デスクトップに置いておく。
こちらは、フォルダではなく、テキストファイルの実体のショートカットにする。
こうしておけば、ダブルクリックするだけで、規定のエディタで、その内容が表示される。
ToDo、日記なども、同様にしておけばいい。
「まずフォルダをショートカットから開いて」と言う一手順が加わるだけで、途端に億劫になってしまうのが、人間という種族だと思う。

8.その他は、スタートメニューをたどる

年に一回使うかどうかと言うアプリを、ジャンル分けして整理すること自体が、無駄である。
年に一回、1分節約出来る替わりに、毎週、ジャンル分けしすぎた階層を探し回るというのは、効率的ではない。

いわゆるABC管理だ。
おそらく、最重要で、起動アプリの50%以上。高頻度まで入れると、80%以上の使用率なのではないだろうか。
これを、スパッと起動できるようにしておくのがコツだと思う。
頻度が下がれば、ロスタイムも、さほど気にならないはずだ。

9.デスクトップに実体は置かない

デスクトップの本性は、Document and Settingsの各ユーザーフォルダの中深くにあるシステムフォルダである。
こんな場所は、普通目にしないし、バックアップだって大変だ。

しかし、各ファイルが、自分で作った「C:\Home」の中に一切合切収まっていれば、これをまとめてバックアップすればいい。
デスクトップは、ショートカット以外、置いてはいけない。

10.感想

実際使っていると、ジャンル別フォルダのショートカットを開くと、その中に入れ込んだショートカットのアイコンを表示するのに、少し待たされる。
しかし、頻度が中以下なので、月あたりのロスタイムは、許容範囲なのである。

この程度の運用で、必要充分な人って、多いと思う。
毎日起動するのって、メーラー、ブラウザ、Excel、Word位じゃないの?

え?ツイッター?仕事中に?

February 23, 2010

ランチャーがない!

いや、いっぱいあるし、最近は、できの良いランチャーも増えている。
でも、ばっちりのがないのだ。

私に限らず、こんな流れではないだろうか。

1.デスクトップにショートカットを置く
2.溢れてきたので、純正のクイック起動バーを使う。
3.それでも溢れてきた。どうしよう

ここで、ランチャーを探し出すと思う。

最近のランチャーは、実行ファイルをドロップすれば、登録できるものが多い。
しかし、説明を見る限り、ショートカットをそのままドロップできるのは、見あたらなかった。

たしかに、ショートカットは、実行ファイルとは違い、CreateProcessなどのAPIに渡しても、実行してくれない場合がある。
対応するなら、ショートカットの中身を解析して、実行ファイルの実体を登録する必要がある。
しかし、上記のような流れを取っているユーザーの場合、大量にあるショートカットの実体を探すのは、難しくないが、やたら面倒な作業となる。
「一度だけやればいい」と言う人もいるだろうが、その一度の作業が嫌なのだ。

で、「ランチャーがない」となる。

当然、常駐型はパスである。
少しとはいえ、リソース食うのは嫌だ。

とか言っていると、適当なランチャーが見つからないのだ。

要求は、次の通り。

1.非常駐型。クイック起動バーに登録できるとベスト。
2.ショートカットをドロップすれば、登録完了
3.階層化は必須

それほど突飛な要求とは思えないが、全て満たしたランチャーは見つからなかった。

「無ければ作れ」と言う意見もあるだろう。
確かに、ショートカットの中身を解析して、実体ファイルを実行するツールも作った経験はある。
あとは、アイコンのデータを読み込んで、リストにするだけのことだ。
再帰呼び出しを使えば、階層化なんて、大した問題ではない。

ただ、「面倒」なのだ。
どっかにないかなぁ。

February 22, 2010

長崎県知事選、民主敗北

ほんまかいな?と思ってしまう。
報道によると、小沢幹事長の疑惑や、鳩山総理のリーダーシップ欠如による政策の迷走などに対する批判から、となっている。

もしそうだとしたら、長崎県民の政治感覚を疑う。
まともな思考能力が無いとしか思えない。
で、そんなことはないだろう、と言うことで、「疑問」なのである。

小沢疑惑にしろ、総理のリーダーシップ欠如にしろ、政治資金の問題は、以前から起きていた。
この点に関して、民主への失望感は確かにあるだろう。
しかし、「民主よ、お前もか」と言う意味であって、「やっぱり自民がすばらしい」と言う発想には至らないと思うのだ。

なので、民主批判の受け皿が、自民とは思えない。

当選した候補者は、前副知事であり、県政サイドのたたき上げだ。
10年前なら、オール与党の相乗り候補だったのではないのか?
それに対し、対抗馬は、官僚上がりの若手候補だった。

以前なら、選挙をやるまでもなく、今回と同じ結果だったはず。

つまり、自民だ民主だと言うことを離れて、冷静に判断した結果、変化よりも安定を求めた結果ではないのか?

その県民が求める安定というイメージに、民主の迷走ぶりが、潜在意識のような感じで影響を与えた、と見る。

今回の結果に対し、民主は、猛省をしなければいけない。
追い風は既にやんでいると言うことだからだ。
しかし、自民は、「追い風が吹き出した」などと、勘違いをしてはいけない。
自民支持者が増えた故の当選では無いと思えるからだ。

February 18, 2010

岡田監督が首切り?

ファンレベルで言えば、噴飯もの。
大人な目で見れば、トカゲのしっぽ切り。
第三者の目で見れば、どうでもいい騒動。

こんな印象だ。
おっと、サッカーの話だ。
日本代表チームの岡田武史監督が、成績不振で首を切られそうだというニュースだ。

これ、何の意味があるのか?
監督を変えたら、何か良いことがあるのか?

たとえば、ACミランやレアルを岡田監督が率いていて、韓国に負けたのなら、速攻でクビだ。
しかし、そうではないだろう。

確かに、前回の代表監督辞任以来の空白期間に、世界の強豪チームの監督就任依頼がきたという話は聞かない。
岡田監督は、残念ながら、世界的に見れば、その程度の監督なのだろう。

しかし、岡田監督では足りないほど、ご立派な選手が揃っているのか?

チャンピオンズリーグやクラブワールドカップの決勝戦で、試合開始から最後まで、ピッチに立っていられる選手が何人いるのか?
一人もいないはずだ。

世界の一流チームで補欠、あるいは、二流以下のチームのレギュラー。
これが関の山だろう。
日本は、所詮、その程度のチームなのだ。

メジャーで活躍しているイチローや松井のような扱いを受けている選手がいるのか?
一人もいない。

なのに、「監督の責任」なのか?

世界の二流チームに過不足無い、適任監督としか思えない。

日本代表チームが、次のワールドカップで大活躍することに、何の異論もないし、望んでもいる。
しかし、視聴率目当てのマスコミのヨイショ報道に乗せられてはいけないと思うのだ。

ワールドカップで優勝するためには、何が足りないのか。
それを埋めるためには、何をしなければいけないのか。

これを、一点の曇りもなく、正確に把握してこそ、未来は開けるのだと思う。
残念ながら、「二流チームにふさわしい、二流監督なのだ」、と言う冷酷な真実を直視しないと、未来は開けないと思える。

そうでないと、いつまで経っても、二流チームのままだよ。

何年か前にここで書いたことを、再度書く。

「FIFAの優勝カップが欲しくない者は、ピッチから出て行け」

あのカップをまっすぐに見つめてこそ、未来は開けるのだと思っている。
あまりに遠く、それが芥子粒にしか見えないとしても、目をそらしてはいけない。
そして、千里の道だとしても、まず一歩踏み出さないといけない。

楽にたどり着けるゴルフカートもなければ、動く歩道もない。
選手一人一人が、自分の足で歩いていかないと、絶対にたどり着けない。

February 17, 2010

民主党の支持率急落

鳴り物入りで誕生した割には、大した成果は上げられていない。
結局、今まで通りの流れに乗っかっているだけで、何も変わらない。

政治家を続けていく上では、資金は必須だし、その出所は、やはり、支援団体・企業となる。
よって、資金の性格によっては、不祥事が後を絶たない。
やはり、自民党と大差ない。

財政赤字だって、官僚の抵抗にあい、大して改革できていない。
最終的には、消費税アップが不可避か?

やっぱり、どの政党にしたって、大同小異だ。

……と思えたら、官僚の勝ちである。そうし向けているのだから。

その流れに、まんまと乗っかってしまった民主党もだらしない。

現時点で明らかになったのは、

官僚は、日本の癌である。

ということだ。

癌と同じく、官僚もまた、有用かつ不可欠な器官である。
しかし、それが腐敗・癌化したら最後、本体そのものも侵し始め、最終的には、自分自身も死滅してしまうと言う流れまで、癌と同じだ。。

このままで行けば、財政赤字は、危機的状況に突入する。
構造改革は、喫緊の課題のはずだ。

しかし、官僚のやっていることは、相変わらず、既得権益の確保なのだ。
「一罰百戒」とばかりに、目についた部署の事業仕分けに協力したのはいいが、面従腹背なのは、誰も目にも明らかだ。
本当に改善しなければいけない無駄はそのままに、どうでもいいもの、あるいは、改善されても許容範囲のものばかり、仕分けさせたのではないのか?

本当に改革しなくてはいけないのは、官僚連中の意識そのものなのだ。
あいつらが、本気で意識を変えないことには、本質的には、何も変わらないのだから。

都合の悪いことは、三役と言えども、一切報告せず、知らんぷりを決め込む。
指摘されても、しらを切り、さらに突っ込まれても、ああだこうだと言い逃れる。
そうしているうちに、国民の批判が、民主党に及び、批判され出すのを待つ。

国民の審判が下るのは、政治家であって、公務員ではないのだから。

こんな海千山千の官僚のやり方にだまされてはいけない。

民主党の連中がだらしないのは真実だが、非難の矛先の半分は、官僚にも向けるべきだ。
内閣の連中の顔ぶれを変えたところで、官僚組織そのものを改革しないことには、何も変わらないのだから。

官僚に太刀打ちできないのは、自民も民主も変わりない。
ただ、過去ン十年間、官僚の言いなりになって、好き勝手やらせ続けてきた自民党の連中よりは、民主の連中の方が、幾分マシだ。
改革しないと、次の選挙でボロ負けすることを自覚しているだけ、少しは望みが持てるというものだ。

例え、全く出来なかったとしても、自民だって同じなのだから、あきらめもつく。
…ま、その可能性が、一番高いのだが。

February 12, 2010

島田紳助、一人勝ち

東海地方のテレビ視聴率ランキングは、ヘキサゴンがトップだった。
この分では、伸助番組の一人勝ち状態は、しばらく続きそうだ。

ネットニュースでは、伸助のわがままぶりへの批判が載っていた。
これは、トップを走る者への、有名税の類だろう。

批判して興味を引くのは、トップへの批判だけだからだ。
民主党、鳩山総理、小沢幹事長、トヨタ…
どれも、これに該当する。

伸助に関しては、もともと、人格者であるなどと言う評判は、どこを探しても見あたらない訳で、今までの評価通りなのだ。

だいたい、仮に私が芸能界の中堅タレントとしたら、冠番組を持っている大御所で、酒を飲みたいのは、ビートたけしかさんま位のものだ。
この二人は、こちらが礼儀さえわきまえていれば、とんでもない目に遭う可能性は低いからだ。

ダウンタウン、とんねるずも、絶対にパス。
むこうの機嫌次第で、どんな目に遭わされるか、分かったものではない。
伸助も、これに分類される。

問題は、伸助の人間性ではなく、上位15位のうちに、ドラマは、大河一本と言うことだ。
他は、バラエティ、それも、クイズかお笑い。
これらを除いたら、何も残らないと言う有様だ。

伸助を批判する前に、問題ありありの大御所連中におんぶにだっこせざるを得ない現状を反省すべきだ。

制作費が、大幅カットされているのは分かるが、だからといって、首肯は出来ない。

だいたい、漫画原作ばっかり買いあさっているから、こういうことになるんだ。
オリジナルドラマで、瞬間でもいいから、20%超えたの、何本ある。
…去年まで入れても良いからさ。…やっぱり、ジャニーズ・オンリー?

February 10, 2010

バンクーバー五輪のお楽しみ

浅田真央のみ。これに尽きる。
他は、一切興味ない。

なお、浅田真央の成績にも、さして興味は湧かない。
金メダルを獲れば、それなりに喜ぶが、入賞を逃したとしても、トリプル・アクセルを全部転倒したとしても、興味は変わらない。

彼女が生き生きとプレイするのを見るのが楽しみなのだ。
結果は二の次。

如何に図々しくても、「ファン」とは、自称できない。
熱を上げるほどの若さもない。

ただ、一所懸命に滑る彼女を見ていたいだけ。
おじさんの、ささやかな、そして、五輪唯一の楽しみです。

あとは、五輪後の結果一覧とメダル数を、新聞で見ればいい。

マスコミが、わざとらしいまでに盛り上げようとしているのに申し訳ないが、これが私の本心である。

February 09, 2010

葉巻ノススメ

普通のタバコ(紙巻きタバコ)20本入りが、五百円だとか、千円だとかの話題が出ている。

仮に千円だとすると、葉巻に手が届くんじゃないのか?というのが、発端である。
そして、結論から言えば、手が届かなかった。
いまだに、紙巻き(マイルドセブン・ライト)だ。

しかし、頭に来ている最中に、葉巻のことを調べてみたら、多少、吸い方が変わってきたので、それについて書く。

葉巻は、独自の文化がある。
吸い口は自分で切るし、灰皿も専用のがある。
それぞれ、紙巻き用のを流用したり、カッターははさみで切ったり、ライターも、使い捨てで間に合ったりする。
なので、どうしても用意しなければいけないのは、葉巻本体だけのようだ。

しかし、そう言う人は、少数だろう。
なぜなら、「文化」だから。
文化に理屈や効率は無縁なのだ。

葉巻は、紙巻きの感覚で言うと、「フィルターなし」ということだ。
何種類かの葉を使っているが、結局、葉そのものなので、フィルターなんぞはついていない。
いや、あるようだが、私の食指は動いていない。

そこで、吸い方も変わってくる。
いわゆる金魚吸い、となる。

紙巻きで金魚だと、軽蔑の対象になりうる。
「そんなんなら吸うな!」
となる。
まあ、余計なお世話だが、同様な感想を抱く人が多いと思う。

しかし、葉巻の世界では、常識のようだ。
これは、カルチャーショックだった。

そして、きつめの紙巻きタバコを買って、「葉巻吸い」をしてみると、それはそれで楽しめるということが分かった。
口の中に独特な感触が広がり、一風変わった味わいがある。

そして、あの一本を吸うのに、三十分~一時間かけるんだそうだ。
しかも、吸うのは、一分に一回。のんびりしている。
これより頻繁だと、口の中がいがらっぽくなるらしい。
フィルターなしだもんなぁ。

紙巻きでこれをやったら、3回吸っておしまい、となりかねない。
長い時間燃えている葉巻だからこそ、可能な吸い方なのだろう。

なので、紙巻きには紙巻きにあった吸い方があると思う。
しかし、「のんびりと味わう」と言うコンセプトは、紙巻きにも活かせる様に感じている。

一度、葉巻のつもりで、紙巻きをふかしてみて欲しい。

ゆっくりと火を付け、ゆっくりとふかす。
きついのは、口の中だけで味わい、そっと吐き出した煙を、鼻で吸い込む。

三十秒に一度くらい、のんびりと吸い込み、つかの間のゆとりを楽しむ。

たまには、「紫煙」と言う言葉を思い出してみるのも一興。
この吸い方は、自室などの個室でしかできない。
風があると、煙が漂わないし、そもそも落ち着かない。
間違っても、歩きながら、と言う訳にはいかない。

楽しめて、周りの迷惑も減るし、多分、本数も減るはず。
あなたもいかが?

February 05, 2010

朝青龍が引退

これ、貴乃花効果のような気がしてならない。

貴乃花親方は、相撲協会の改革を旗印に理事になった。
そして、協会上層部の親方衆は、それに猛反発している。

「改革が一人で出来るものなら、やってみろ」、と。

そして、その結果が、

「改革なら俺たちだってやっている」

となり、

「俺たちにだって、やれるんだ」

で、今回の迅速な対応となったのではないだろうか。

つまり、理事貴乃花が誕生したことによる二次的な効果だと思う。

貴乃花親方一人では何も出来ないだろうが、他の役員衆は、完全に勘違いしている。
一人でも異分子が混ざった集団は、すでに、別の集団に変化していると言うことだ。

長年続いた集団は、良かれ悪しかれ、それなりの調和が取れている。
化学で言うと、中性のようなものだ。つまり、pH=7.0である。
ここに、中性の理事がどれだけ加わろうが、中性のままである。

しかし、今回、ph=6の貴乃花が加わった。
全体から見ると、微々たる変化でしかない。

それは、化学的に見ると、「酸性」となる。
pH6.99は、もはや中性ではいられない。
れっきとした酸性である。

「相撲協会は中性である」というのは、もはや、ノスタルジーでしかない。
「変化は必然」なのである。

February 04, 2010

石川被告が起訴される

石川知裕衆院議員が、政治資金規正法違反罪で起訴された。
それを受けて、自民が中心になって、衆院に辞職勧告決議案を提出した。

まあ、それ自体はどうでもいい。
今まででもあったことだし、大勢に影響ない。
強いて影響を上げれば、小沢幹事長に、監督責任があるかどうか位のものだ。

ただ、一般人の感覚からすると、多少、違和感を覚える。
石川被告は、有罪でも無罪でもない。
まだ、裁判すら始まっていない。

石川被告自身が、参院選挙への影響を考えて、自主的に議員辞職するのなら、まだ分かる。

しかし、有罪どころか、裁判すら始まっていない段階で、なぜ、責任を取らないといけないのか?

たとえば、痴漢冤罪の場合を想定する。で、本当は無罪だったとする。
起訴された段階で、会社の同僚から、辞表を提出するように強要されたとしたら。
…はっきり言って、人権侵害に近い。

これが、国会議員の場合は、「当たり前の常識」に変化するのだろうか。
個人的には、違和感ありありなのだが、世間はそうではないのか?

今回の場合は、ある程度、罪を認めているようなので、時間の問題かも知れない。
でも、今現在は、「推定無罪」なのだ。
詰め腹を切らされるのは、行き過ぎではないのか?

USBスティックが壊れたぁ

私のではない。知り合いのが壊れたらしく、こう言ってSOSがあったのだ。
で、OSはXPらしい。はっきり言って、手の打ちようがない。

とりあえずは、差しなおしたり、OSを変えたりして、試してみるように言ったのだが、のぞみは極めて薄いだろう。

最近のUSBスティックメモリは、GBが当たり前である。
動画のソースをそのまま運ぶ、なんて言う用途でなければ、2GBもあれば、全てのデータを持ち歩ける人も多いはず。
しかも、現状で稼働しているWindowsのほとんどで、そのまま使えるため、自分用のUSBを持っていて、それでデータを移す人が多い。

最近は、このUSBスティック内におけるソフトも登場しており、環境を持ち歩く人さえいる。

また、セキュリティのために、USBにコピーするのを禁止するところが増えているが、反対に、セキュリティデータをUSBに入れておき、認証に使うなど、USBスティックが頼りという状況が増えている。

それに伴って、表題のような、笑える悲劇が多発しているようだ。

FD、HDD、MO、CD-RWのような書き換え可能なリムーバブル媒体は、その性質上、信頼性が低かった。
どうしても、耐衝撃性に劣り、バックアップが必須だったり、バックアップ保存用としてしか、使われていなかったりした。

データ移動用に使われたとしても、オリジナルはHDDの中に存在しており、これらに移したデータが壊れても、問題になることは滅多になかった。

しかし、現在は、HDDの機能向上やUSBスティックの普及で、バックアップという、PCユーザーなら当たり前のデータ保全策がなおざりにされているようだ。

たしかに、USBスティックは、非接触媒体である。特殊とはいえ、メモリそのものであり、可動部分がないので、壊れにくい。
それ故、バックアップを怠けてしまうのだろう。

だが、少ないとはいえ故障もあるし、書き換え回数の制限だってある。
wikiによると、数百回だそうだ。
ちなみに、HDDは、物にもよるが、100万回以上と言われる。

なお、似たような構造を持つSSDも、同じ制約がある。
こちらは、書き込み形式や構造を変更して回数を増やしたり、全部のエリアを均等に使うようにするなどして、HDDからの置き換えを可能にしている。
ただ、苦肉の策であり、HDDには遠く及ばない。

USBスティックなんて、安いんだから、バックアップ取りましょうよ。

認証用など、それが必須な場合は、それこそ、バックアップ必須です。
セキュリティホールにならない場所、流出しない場所に、ね。

当分は、「USBスティックは当座のデータ移動用で、正解はHDD」が、無難だと思う。

February 01, 2010

裏声

最近、プロのボーカルの裏声がよく聞かれる。
耳に心地よいのなら、問題は無いが、若干聞き苦しい。

実は、裏声なんぞは、ずっと昔からあり、当たり前のように使われてきた。
「カウンターテナー」などは、これの極端な発声法だろう。

にもかかわらず、「最近」というのは、昔は、聞き苦しくないやり方で裏声を使ってきたからだ。

昔は、いや、演歌では今でも、だが、デビュー前に作曲家や大御所の歌手の弟子になり、発声法や歌い方まで、徹底的にしごかれてからデビューしていた。
色々な唄を歌うには、裏声が欠かせないので、その発声方法や、地声との繋がりなどを、徹底的にしごかれていたのだ。
だから、一昔前までは、裏声であっても、全く気にせずにいられた。

しかし、今は、自ら作詞・作曲して、自分で歌うケースが増えている。
このため、すばらしい曲を生み出せれば、そのまま、メジャーデビューに至るケースがほとんどである。

多少は、レコード会社や所属事務所が、ボイストレーニングなどをやらせるのだろうが、昔に比べると、焼け石に水のようだ。

お笑いなどは、各事務所が養成所を作り、一定期間、みっちりしごいている。
歌手も、徒弟制度が崩壊しかかっている今、こういった養成期間が必要なのではないか?

「ここからここまでが裏声」と、素人にもはっきりと区別できるような裏声発声方法は、やめて貰えないだろうか。
どうでも良い唄は、それこそどうでも良いが、積極的に聴きたいのに、裏声が気になって、集中できないケースだってあるのだから。

念のため言っておくが、「金を払う側の要望」なのだ。
素人だとか、玄人だとか、全く関係ない。

「お客様は神様」なのだ。

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