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NEWS ZERO

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August 29, 2011

週刊誌、冬の時代へ

だって、書く事が無くなるもの。
主に、PやG、Sなどを想定している。

YやAは、問題ない。これまで通り、ヨイショ記事を言われるまま垂れ流せばいいので、大差ないだろう。

しかし、これらの週刊誌は、ある程度、自分たちで取材しており、その最大の取材先、総理がミスをしなくなるのだから、事態は深刻だ。

大体、週刊誌を買うまでもなく、これからは、財務省などのHPのプレスリリースを読んだ方が、早くて正確なのだから。

来年の任期満了で首になるとしても、1年は長いなぁ。

これからの一年、形だけの構造改革を「断行」し、トカゲのしっぽ切りの様な埋蔵金を「発掘」し、その結果として、「やむを得ず」消費税増税と流れていく事だろう。

また、流れに乗って漂うだけの有り様から、外務省などとの連携もうまくいくようになり、諸外国との関係も、低値安定ながら、落ち着いてくるだろう。

ここしばらくの間、「みぞうゆうの事態」は、起こるはずもなく、新聞を斜め読みすれば事足りる事だろう。

「無事これ名馬」総理ってか?

August 26, 2011

政治家画像の有料販売はいかが?

自民にしろ民主にしろ、一番頭の痛いのは、支持団体対策だろう。
一番肝心な団体票をくれるのだから、何より有り難い組織だが、その反面、かなりの配慮を求められる。

次は、さしずめ、寄付をくれる業界団体だろう。
議員になれても、軍資金が無い事には、何も出来ないのだから。
でも、配慮を要す点では、支持団体と同じだろう。

かくして、政権政党がどこになろうが、自由な政治など、夢のまた夢と化し、様々な圧力をどうさばくか?が、最重要課題となる。

……これでいいはずがない。

とりあえず、カネの問題から考える。

一番望ましいのは、個人献金だけにする手だろう。
現在でも、個人献金は行われているが、あれは、形を変えた企業献金であって、本来の意味での個人献金は、ほとんど行われていない事だろう。
まあ、あっても、公明、共産くらいのものか。

これを、個人献金オンリーに切り替えたら、何が起きるか。

各議員は、特定の業界に配慮する必要が無くなる。
電力会社からの献金等が無くなれば、電力自由化も原発廃止も、本当の意味での国民目線で、心ゆくまで議論を戦わせる事が出来る。

実は、これが各議員の夢なのではないのか。

時に、携帯サイトで、各議員の写真の有料販売などはいかが?
携帯で公式サイトに行くと、トップからリンクが張られていて、各議員の画像購入サイトにいける。そして、着うたと同じ手順で、画像を購入し、ダウンロードする。価格は、さしずめ、1枚100円程度とする。

まあ、別に画像でなくてもいいが、一番邪魔にならないのがこれだろう。
ダウンロードしたら、速攻で削除すればいいのだから。
「美しすぎる市議」だとか「元芸能人の○○」じゃあるまいし、一癖も二癖もあるおっさんの画像なんて、携帯メモリーの肥やしにすらしたくない。
速攻で削除が適当だろう。

これなら、新たにシステムを構築する必要もないし、外部の会社に委託するだろうから、各種官庁の監査の目も届きやすい。

たとえば、アンケート的に言えば、「政治に関心がある」「どちらかと言えばある」という成人たちが、3千万人と仮定する。この層の場合、毎月の100円の寄付が、経済的に重荷になるとは、到底思えない層である。
おそらく、金額よりも、購入するという動作そのものがネックになりそうな世代が大半を占めるはずだ。

三千万人が100円寄付すると、実に30億円になる。
二ヶ月に一度購入すると仮定すると、年に180億円だ。
これなら、十分に、「政治資金」として、あてに出来る金額だろう。

しかも、この全てが、「ひもなし」の金なのだ。
議員ならば、よだれが止まらないはずだ。
国から貰える議員歳費、政党交付金以外に、これだけ貰えるのだから。

その実現のためにしなければいけない事は、有料携帯サイトを事実上運営している会社に電話するだけだ。

政治資金規正法などをクリアすれば、なんの支障もなく、夢の個人献金が現実のものとなる。

しかめっ面の蓮舫さんの画像をクリックして購入したら、届いた画像は、満面の笑みで手をさしのべている画像だったなんて、支持者にはたまらないだろう。
ま、これが、小澤さんだったら、別の意味で貴重かも。

様々な面から問題がないか検討し、実現可能なら、やってみてはいかが?
……ひも無しの金でっせ?旦那方。

August 19, 2011

保安院は正常に機能していた

保安院長に就任した深野弘行氏は、
「同じ役所の中に規制側と推進側があることにより、安全規制がゆがめられた事は無かったように思う」
と述べ、それまでの保安院の有り様に問題はなかったと言う見解を示した。
(中日新聞 今日の朝刊)

まず最初に言っておきたい事は、この発言は、間違っていないという事である。

そもそも、官僚は、間違っている事は言わないものだ。
連中が気をつけるのは、「明らかに間違っている事を言わない」と言う点だ。
だから、「ある意味ではそうだが」というのは、OKなのである。

そう言う意味で、上記のコメントは、「間違っていない」と考えている。
そして、これは、「正しい」を意味してはいない。
あくまでも、間違っていなければいいのだ。

これは、典型的な官僚言葉の一つだろう。

で、一般人向けの日本語に訳すとどうなるのか。

ポイントは、「安全規制がゆがめられた」だろう。
何がどれだけゆがめられようが、「安全規制」がゆがめられていなければ、上記のコメントは、「間違い」ではない。質問者の意図からすれば、一般的には、「間違い」に分類すべきなのだろうが、そう言う事実はないので、不適切とは言えないのだ。

要するに、原発推進ありきの規制を作っておき、それを忠実に守っていれば、後から「ゆがめられる事」は、あり得ないわけだ。
上記のコメントでは、「そもそも、その規制が妥当か」と言う点など、いっさい言及していないのだから、「間違ったコメント」とはならない。

騙されてはいけない。
結局のところ、ノーコメントと大差ないと言う事だ。

August 13, 2011

後期高齢者医療制度は存続を

各方面から抗議が相次ぎ、廃止することになり、2012年度いっぱいで廃止されるらしいが、廃止するには、関連法の成立が必須で、当然の事ながら、廃止法案も、新たな制度の法案も、雑談すらされていないのが現状である。

私の考えでは、細かい調整不足の面はあるものの、大筋では妥当な制度だと思っている。

それについて書いてみたい。

年齢で高齢者を線引きするな

以前の制度は、70歳で線引きされて、老人保健と言われていました。それとどこが違うの?
また、新制度の「年齢で区別しない制度」ってなに?それって制度的に成立するの?

負担が増えた

そりゃそうでしょ。破綻寸前の健康保険制度を維持するために、老人達にも、一定の負担をして貰おうという主旨なんだから。でも、マスコミが騒いでいるのって、政管健保や健保組合の扶養家族扱いだった老人達だけじゃない?老人所帯の人たちは、以前から国保の保険料を払っていたから、それほど、「変わった」って、感じてないよ。
少数の意見だけを、あたかも普遍的な問題点のように言うのって、公平じゃないよ。

そもそも、制度が根本的に間違っている

具体的にどこが?
「いい」とは、言いませんが、それなりにやむを得ない制度だと思いますけど。

それに、老人に押しつけられない負担金を、各保険者に割り当てた結果、その負担に耐えきれず、健保組合がバタバタと閉鎖に追い込まれたのって、覚えてますか?現在の健康保険の財政状況は、それほど、せっぱ詰まっているんです。

老人の負担を減らすどころか、もっと増やさないと、破綻してしまう可能性が高いんですよ。
それでも、払いたくありませんか?

名前が気にくわない

国の制度に関して、個人的な嗜好を挟まないで。
それに、高齢者を65歳以上にしたのも、前期・後期に分けたのも、WHOです。厚労省じゃありません。

この制度になって地方の各種負担が増えた

そんなの知りません。完璧な制度なんて、一言も言ってませんよ。問題があったら、折衝して改良したら?
ま、被保険者には、関係ないから、お役所内で、頑張ってね。

August 08, 2011

ノートPCのバッテリは規格化を

無理を承知で書いている。

ノートPCは、省スペースデスクトップとして使われている場合もあるが、その本質は、持ち運べる事だろう。
大きさによって、様々な呼称があるが、テンキー付きのノートを想定する。

現在、普通に売られているノートを買えば、Win7Home(64)と言うところか。このノートの場合、故障しなければ、5年は使い物になるだろう。

で、最初に悪くなるのが、HDDとバッテリだろう。
この二つがネックになってくるはずだ。

HDDは、まだいい。
元々信頼性の低い部品なので、交換ありきで考えられているため、ユーザーレベルでも、何とか対処可能な場合が多い。
デスクトップでのHDD交換とは比べものにならないくらい難易度が高いが、まあ、不可能なレベルではない。
だめなら、ショップに持ち込むという手もある。
慣れた店員がいれば、その場でやってくれるかも知れない。

しかし、どうしようもないのが、バッテリの劣化だ。
これは、充電池である以上、避けようがない。

寿命を延ばす方法は、いくつかある。
バッテリの特性に応じて、中途半端な継ぎ足し充電を避けるとか、過充電をさけるとか、だ。
焼け石に水、と言う意見もあるが、やらないよりはマシのようだ。

しかし、この二つが、最初に問題になってくる事には変わりがない。

HDDは、水物である。
半年で壊れる場合もあるし、数年持つ場合もある。
しかし、バッテリは、例外なく劣化し、数年どころか、3年持たない事だろう。

省スペースPCとして使う場合は、そもそもバッテリを外しておいて、ACアダプタオンリーで使う人も結構いる。
しかし、ここでは、この使い方は、考慮しない。あくまでも、本体内蔵バッテリでの駆動を前提として考える。

参考までに、適当なノートを選んでみた。価格.COMの売れ筋ノートをみた。
Lenovo G570だそうだ。実売で、4万円弱。
今回注目しているバッテリを調べたら、G560用だが、7千円弱とでた。

最初のバッテリが使い物になる年数が、最大で2年と見ても、5年持たそうとしたら、3個のバッテリが必要になる。よって、追加投資、1万4千円だ。

ビジネスで、ノートを持ち歩いて、バリバリ使おうとしたら、これでは足りないかも知れないが、まあ、一応の目安にはなるだろう。

こんな不安定な状況で、ビジネスの最前線で、仕事の道具として使う人がいるのは、驚きである。
ノートがいつも手元にある便利さよりも、バッテリ関係の不安要素の方が大きいような気がするのは、私だけだろうか。
「仕方ない」と言う事で、だましだまし使っているのかな?

省スペースデスクトップとして使っている場合も、バッテリは、使えた方がいい。それは、無停電装置として機能するからだ。
急な停電があっても、ノートなら、なんの問題もない。雷が鳴り出しても、ACアダプタを引っこ抜けば、ノイズを拾う事もない。

にもかかわらず、ノートのバッテリは、ノートが「ラップトップ」と言われていた頃から、何ら進化していない。
結局、あらかじめ専用バッテリを入手しておく以外に、対策は存在しないのだ。

これが、ある程度規格化すれば、問題は、一気に解決する。
規格化されていれば、値段は一気に下がるし、入手もしやすくなる。
時間の余裕があれば、バッテリがいかれてからショップに駆け込むなんて言う荒技も現実味を帯びて来るというものだ。

まあ、そうならない理由も、分からないではない。

ノートPCの後ろから、バッテリが飛び出している状態を良しとするユーザーは、ほとんどいないだろう。
ぎりぎり「大容量バッテリだから仕方ない」くらいか。

最近は、ノートはどんどん薄くなっているし、スタイリッシュになってきている。そんな状況で、規格品のバッテリを採用できる余地など、まず無いのだろう。

それに加えて、バッテリ自体も、日進月歩で進化している。
性能どころか、そもそも、以前とは異なる種類のバッテリが使われている事さえある。

そんな状況で、「規格化」など、夢のまた夢なのだろうね。

それは、重々承知している。

しかし、薄くするとは言っても、限度があるだろう。
「薄さはそこそこでいいから、長く使えるノートが欲しい」みたいな、現状肯定派のユーザーだっているはずだ。

そろそろ、長く使って貰えるノートというコンセプトだって、合っていいはずだ。

ま、バッテリの規格化が、当分先のようなので、目先の対策を考える。

「ノートのバッテリは、毎年買い換える」を、コンセプトにしたノートを考えて欲しい。

交換するバッテリは極力安くし、入手も容易にする。間違っても、「修理部品扱い」はしない。プリンタのインクカートリッジ並とは言わないが、あれに近い状態を理想として欲しい。

これは、ノートに限らず、携帯に至るモバイル機器全般に当てはまる要望である。

そろそろ、プリンタみたいに、「交換バッテリで儲ける」というコンセプトだってアリなんじゃない?

August 01, 2011

原子力発電の是非

まだこんな事が話題になっているので、再度書く事にした。

長期的には、核廃棄物の処理すら決まっていない原子力発電など、続けていいはずはない。
自然エネルギーにせよ、火力にせよ、代替えに移行する以外に道はない。

で、短期的には、現在の主力である原子力に頼らざるを得ないに決まっている。

これが結論だろう。
これ以外の選択肢は、等しく非現実的に思える。

また、「そもそも原子力を選択した事」は、色々な見方がある事だろう。推進派にも一定の理屈があり、一概には非難しにくい面がある。
アメリカの圧力も事実だろうし、他の選択肢が無かった事も事実だろう。

で、これから、であるが、これは、「やるしかない」だ。

再生可能エネルギーが割高だとか、不安定だとか、言っている場合ではない。他に道はないのだから、人類の存亡を掛けてやるしかないのだ。

廃棄物の処理すら決まっていない上に、災害時には、このように住民を危機に陥れる原発など、論外。
今回の事故で、図らずも、原発がローコストではない事が明らかになってしまった。
原発が、その存在意義を主張できるのは、かろうじて「現状では主力であるから」という一点に限られる。

現在の電力供給のシステムが、「原発ありき」で組み立てられているのだから、原発無しでは無理が来るのは、考えるまでもない。

それがいいか悪いか、は、後世の検討にゆだねよう。
いま、私達が考えないといけないのは、

・原発を渋々ながら許容し、電力の安定化を図る事
・「他に道はない」と腹をくくり、自然エネルギーへと移行する事

この二つだろう。

いまから、「そもそも論」を考え始めるのは、決して無駄ではない。しかし、そんな事は、知識があって暇がある有識者にゆだねよう。

いま、早急にしなくてはいけない事は、

「東北大震災と同様の地震が起きたら、放射能をばらまく危険を受け入れた上で、原発を許容し、電力の安定化を図る事」

である。
良くも悪くも、現在は、そう言う状態なのだ。

そして、その次には、

「なし崩し的に、原発中心体制の維持を図ろうとする原発ムラ(※)の暗躍を、絶対に許さない事」

だ。

※原発ムラ
官民一体となった原発関連の利益共有構造をいう。決して、原発が存在する地域の事ではない。

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