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May 24, 2012

日本の新しい姿(4/4)

まず、今までのような右肩上がりの発展が望めないことは、言うまでもないだろう。よって、ただ黙々と働いていれば、それなりの生活が送れ、それなりの老後が望める社会では無くなると言うことになる。

ただ、悲観するほどでもない。
飢え死にする心配は、それほど高くないし、普通は、健康保険も使える。給料を高望みしなければ、それなりに働く場所はある。
これだけでも、世界的に見れば、恵まれている方だろう。

まあ、異論はあるはずだ。
働く場所があるとは言っても、派遣では、収入が限られるし、安定しない。年金があるとは言っても、老齢基礎年金だけでは、満足に暮らしてはいけない。
健康保険だって、国保の保険料が払えずに、無保険になる人も、徐々にではあるが、増えつつある。
互助精神から始まった各種社会保障が、ゆっくりと崩壊しつつあるのが、現在の日本であると思う。

しかし、今後の見通しは暗い。
自らの保身と当然の分け前の搾取しか念頭にない官僚に牛耳られ、民主も自民も、打つ手を持たない。
会社も、派遣の多用が、日本の社会を歪ませている元凶と知っていても、目先の利益確保のために、正社員を増やせないでいる。

社会保障がうまく機能していないが故に「増税=搾取」という嫌悪感を抱いてしまいがちな国民を怖れ、抜本的な改革が出来ないでいる。

このままでは、種火の消えた風呂のごとく、ジリ貧になるのは、目に見えている。事実、閉塞しつつある社会に絶望した若者の自殺が、年々急増している。

このままで良いはずはない。
皆がそう思いながら、目先の生活を守るために、何もせずに、今日一日を送っているのではないだろうか。

しかしながら、一般大衆の身で、国レベルの変革を指向しても、何も始まらない。いや、それはそれで、意義のあることなのだが、明日の生活は、変えようがないのだ。そして、明日の生活こそが、大多数の庶民の、最優先事項だと思う。

そこで、一般大衆として「生きていく」ことを念頭に、以下を書く。
なお、以上のことを、何度も長々と書くのもなんなので、ここまでに書いたのをふまえて、最低限の生活と表記する。
生活保護世帯などを想定しているわけではないので、お間違えの無いように。

まず、基本となるのは、衣食住だろう。
最初に書く必要があるのは、食。

一般に、「食える」というのは、現在では、「生活が成り立つ」ことを意味している。普通に寝る場所があり、それなりの生活が保てると言ったところだろう。しかし、古来は、文字通り、「食うことが可能」と言うことを意味していた。つまり、「飢え死にしないですむ」ということだ。
この意味からすれば、「食える」日本人は、数多いことだろう。たとえ、一つのカップラーメンを兄弟三人でおかずとして分け合ったとしても、飢え死にはしないだろう。大前提として、横にご飯が存在するだろからだ。
そして、大多数の家庭では、このメニューを遙かに上回る食品が、食卓を彩っていることだろう。
つまり、ここで想定している「一般家庭の最低限の生活」という点においては、まず、「食える」ことは、考えなくてもいい。ただ、生活保護世帯や生活困窮者への配慮を別次元で行っていけばいい。

次に来るのは、住だろう。
リストラされ、済むところを無くし、漫画喫茶などで寝泊まりしている人は、年々増加しつつあるようだ。そして、資金が尽きれば、自動的に、ホームレスになるという。
だが、ここで想定するのは、かろうじてでも、たとえ狭くても、固定した住居がある人たちである。
この人達の場合、住は、考えなくても良いと思う。その理由は、上を見てもらえば分かるはずだ。

最後に来るのが、衣。
困窮世帯では、まともな服がないこともあるだろうが、一般的には、そんなことはないだろう。古いかも知れないし、ダサイかも知れないが、冬の寒さをしのぐだけのストックはあるはずだ。
よって、考慮する必要なし。

この「最低限の生活」が当たり前と考え、想定基準とすれば、基準以上の家庭が、大多数であるはずだ。
フルタイムで働ける成人が一人以上いる家庭では、今後も、このレベルを維持していくのは、さほど難しいことではないはず。

よって、見方を変えれば、ほとんどの日本人は、衣食住は、充足していると言える。

念のため繰り返すが、母子家庭で、ぎりぎりの生活をしているとか、おとうさんが病気で働けないとか、そういう世帯は、別枠で支援する必要があるのは、言うまでもないことだ。そういう世帯を含めない話を書いているのだ。

最後に、死ぬことに対する恐怖心を、何とかしないといけないと思う。

よく言われるように、人の死亡率は100%である。誰しもが、必ず死ぬ。
遅いか早いかの違いがあるだけだ。
もう少し、この死ぬと言うことに対して、前向きに捉えてもいいと思っている。

数ヶ月前、本気で「死ぬのか?」と思える状態があったから、顰蹙を買わずに書けるのだが、いつかは、必ず訪れる現実なのだ。

日本人は、このことに関して、拒否感を持ちすぎだと思う。

近年、孤独死が増加していて、社会問題化しているようだが、一人暮らしをしていれば、当然のように想定しうる未来だ。
ニュースなどでは、周囲の人々の愛情が足らないとか、社会福祉担当者の怠慢のように報じているが、果たしてそうか。

それが若者だとしても、何十年か未来には、必ずそうなるはずなのだ。

それが、「悪いこと」だとするならば、そうならないように、備えておけばいい。一定以上の年齢になったら、自動的に入れる施設を完備すればいい。そうすれば、一括して管理できるから、孤独死はしないで済むし、させないで済む。

当然、延命治療などは、いっさい行わない。
当たり前の様に訪れる死を、無駄な経費を掛けて、延ばす必要など、どこにもない。

それを望む者に対しては、各自の自費で行わせれば良いだけのことだ。

当たり前のように生まれ、それなりに生きて、静かに死んでいく。
母親のおなかを痛めて生まれ、家族や周囲に守られながら育ち、成長したら、自分の力で生きていく。そして、終末を迎えたら、それを受け入れ、この世を去っていく。

これを是としたら、人が一生を送るのに、それほどの財力はいらないと知れる。

まさに、「生きてるだけで丸儲け」なのだと思う。
あのさんまが言うから、重みがないのだ。

たとえば、

「ただ生きてるだけで全てを得たに等しい」
(古代ギリシャの哲学者ソクラボドスの言葉)

とか書いてあれば、もう少し、受け取り方が変わると思うのだが。

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