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NEWS ZERO

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March 28, 2015

Homeキーがない!!

大方の方は想像がつくと思うが、私のノートの場合、Fn+←でHomeキーと同じになる。
しかし、デスクトップのキーボードに慣れきった手には、違和感ありありなのだ。
昔のように、キー入れ替えソフトでも入れれば、好きな操作になるだろう事は想像するに難くないのだが、この手のシステムに深く潜り込むツールは、問題を引き起こす可能性も高いので、出来ることなら入れたくないのだ。

かくして、左下のCtrlキーのすぐ右側のFnを押しながら←キーを押している。

これがなんともはや、受け入れがたい。

Homeキーと同じ働きをするショートカットでもないかと探してみたが、存在しない。

で、苦肉の策であるが、テンキーを切ることにした。
この機能は、デスクトップのキーボードでも、操作可能である。可能ではあるが、独立したHomeキーが存在するデスクトップ用のキーボードでは、全く使わない機能だろう。

まあ、Fn+Del(NumLock)でいつでも戻せるし、やってみることにした。

経理ソフトなど、数字を大量に入れる時は、又、テンキーに戻すつもりである。そもそも、タッチタイプの時に、どうしても視線を動かさないといけないテンキーの使用は好ましくないので、一石二鳥である。

従来からの、「数字はテンキーで入れる」という悪癖を強制するギブスにもなるだろう。タイプライタの昔から、数字もフルキーの方で入れるのが王道なのだ。

……と言い聞かせよう。

March 24, 2015

Microsoftは、XPのFSPを

XP用の「ファイナル サービス パック」を提供して欲しい、と言うことである。

XPは、世界中でしつこく使われ続けたWindowsのバージョンである。サポート期間を大幅に延長したにも関わらず、ぎりぎりまで使い続ける人が後を絶たず、OSのリリース計画にも支障を来す有様だった。

サポート期間が過ぎた今でも、かなりの数のXPが使われ続けていると考えている。

Windowsは、長年使い続けると、動作が遅くなり、不安定になることが多い。その状態から回復するための最善の方策は、クリーンインストール、つまり、インストールし直すと言うやり方である。

サポート中のバージョンなら、その後、すかさず、WindowsUpdateを実行してしばらく待てばいい。かなり時間はかかるだろうが、最新の状態になってくれる。

しかし、何らかの事情で入れ直したXPには、その方法が無い。
そこで、そういうユーザーのために「FSP」を用意しておいて欲しいのだ。

ネットに繋がないスタンドアロンならば、XPは、まだまだ使えるOSだ。
いや、XPでしか実現できない環境だって存在するのだから。

私の場合、スキャナがそうである。キヤノン製なのだが、最新の8.1用のドライバが提供されていない。64ビット環境へ対応させる気が無いようなので、いかんともしがたい。

唯一稼働させうる方法が、XPを起動させると言う方法である。

目的のほとんどは、「コピー」である。
仕方が無いので、その時だけXPノートを起動させ、PDFにしてUSBスティックメモリに移し、8.1機に差し込んで印刷している。もともと、コピー自体が、大した頻度では無いが故の「スキャナでコピー」なので、かかる手間は、大した問題では無い。

スキャナを買い直さないのは、今時のスキャナは、プリンタに付属しているからだ。もちろん、スキャナ機能の無いプリンタも存在するが、私は買わない予定である。

だって、最新OSへのドライバが提供されない、と言うことは、「頻繁に買い直せ」と言うことだろうから、スキャナといえども、長く使うことは出来ないからだ。

ならば、スキャン機能付きプリンタを買って、一緒に使い捨てた方が、精神衛生上もいいというものだ。

なので、小難しい事を考えず、「長く愛された自社製品への最後のサポート」と考え、FSPをどこかに置いておいて欲しい。セキュリティホールが残ったままでも文句を言わないからさ。

March 16, 2015

梅開花 2015

20150316s

今年も梅が咲いた。
遅咲きの方なので、既に咲いている地方も多いかもしれない。

倉庫の北側に有り、日当たりなど条件が悪い割に、毎年、しっかりと咲いてくれる。

このところ、温かい日と寒い日が繰り返されており、開花が遅れていたようだが、何とか咲いて、ほっとしている。

私自身は、花粉症では無いので、春は一番好きな季節である。
若い頃は、まともに彼女がいたためしがなく、楽しもうにも楽しむ方法がなく、つらい思いで過ごしていたような気がする。

最近は、押しも押されぬ立派な中年なので、梅や桜を純粋に楽しめるようになってきた。だから、この梅の開花も気になっていたのだ。

剪定したのが遅かったので、ひょっとすると今年は咲かないか?などと心配をしていたりした。

「春に三日の晴れ無し」の言葉通り、短い周期で天気が変化しているが、これこそが春の特徴なので、しかたないか。

何はともあれ、春が来つつある。

March 07, 2015

大塚家具の内紛

今、父と娘で、会社の方針を巡って、骨肉の争いが繰り広げられている。
これ、どっちもどっちだと思う。

太平の世にあっては、人は皆、変化を嫌う。それが、成功体験に基づくものであれば、なおさらである。だから、幹部連中が変化、すなわち、現社長(娘)派の方針に異を唱えるのは、当たり前の行動と言える。

現会長派の方針は、会員制の高級路線である。一般大衆を相手にせず、富裕層を相手に、この層の人たちが好む高級家具を揃え、彼らが満足するサービスを充実させる。
この層の買い物は、数は多くないが、一件当たりの売上額はでかい。よって、売上件数は少なくても、売上額は、満足のいくものとなる。
まして、現在のように、格差拡大中の社会構造にあって、富裕層にターゲットを当てたビジネスは、増えこそすれ、減ることは無いだろう。
そういう意味では、時代を先取りした方針と言える。

対して、現社長派は、低価格・カジュアル路線のようだ。
限られた層を相手にするのではなく、低価格の商品を揃え、より広い層にアピールすることにより、これから先も、売上額を維持しようとする戦略のようだ。

この二つ、「どっちが間違い」と言うことでは無いと思う。

例えば、月の売上が100万円必要とする。
その状態で、100万円の高級家具を1個売っても、10万円の家具を10個売っても、売上額は全く同じ。

ただ、共存は不可能だろう。

そもそも会員制なのだから、一般大衆は入店できない。
低価格品を揃えれば、富裕層は満足できない。

どっちかの方針に特化しないと、虻蜂取らずになってしまう。

よって、会社を真っ二つに割っての争いになっているのだろう。

最大の問題は、冒頭に書いたように、どちらの方針も間違いでは無いこと。

若者は、従来のやり方に不満を感じ、変化を指向する。
だから、若い現社長が、方針を激変させようとするのは、それほど希有な事態とは言えないだろう。

しかし、格差拡大社会にあっては、富裕層をターゲットにするのも間違いでは無い。

結局、やってみないと結論は出ないのだと思う。

従来の方針に安住するのも決断。
大変革を加えるのも決断。

SONYのように、「改革以外に道は無い」という状態では無いのだから、落ち着いて話し合えばいいと思う。

分社化して支えられる体力があれば、そうする。
無ければ、しっかり話し合って、どちらかに注力する。

ワイドショウの格好のネタにされるような問題では無いはずだ。

ま、行くどころか、近くを通ったことも無い家具屋がどうなっても、関係ないんだけど

March 02, 2015

永代供養

お寺などに依頼して、この先ずっと供養してもらうやり方を言う。
お寺によってやり方は様々だが、基本的に、依頼した檀家側は、その後の供養をしなくても済んだりする。

これ、喫緊の課題なのは、意外に意識されていない。

例えば、一人娘と一人息子が結婚すれば、確実に、どちらかの家は子孫が絶える事になる。孫世代が一人娘だと、両方の家が絶えてしまう事だって十分にあり得る。

これ、「滅多に無い事態」だろうか?

解決方法は一つだけ。それが、「永代供養」である。
先祖代々でまとめてしまったり、無縁墓とは別に、永代供養墓を作って、そこに入れることにすれば、お寺側も、負担は最小限になる。

一番いいのは、釈迦の時代に戻ることだろう。

実は、釈迦が始祖となる仏教には、「先祖供養」という教えはない。
あれは、仏教が中国に再伝来したときに、既に儒教がポピュラーだったので、中国で両者が混ざり合い、その後、日本に伝来したからに過ぎない。

位牌を作るとか、先祖を供養するなどは、全て、儒教の教えなのだ。

あと、檀家制度は、江戸になってからの制度で、しかも、キリシタン弾圧のための手段だった。仏教とは、何の関係も無い趣旨で作り出された制度である。

まあ、別に悪い制度では無いので、無理なく続けられるのなら、続けていけばいい。しかし、少子化により、それが困難になってきているのだから、改革は不可避である。

「供養をやめる」となれば、高齢者を中心に、反対意見が噴出するだろうし、唯一の収入源として依存しまくっているお寺からは、非難囂々となることだろう。

しかし、時代は、そんなレガシーシステムを根底からぶちこわす勢いで、変化している。

そんな様々な立場を全て丸く飲み込むのが、「永代供養」だと思っている。
それぞれの立場で、それぞれの異論はあるだろうが、他に方法が無いのだから仕方が無い。だって、供養する者がいないんだから、仕方ないでしょ。

子孫がいなくなった無縁墓が急増しつつある現在、一時金(永代供養料)貰って、管理した方が、まだよくない? お坊さんたち。

50年経ったら「永代供養墓」に移すと決めておけば、際限なく墓が増えていくことにはならないのだから、苦肉の策として、今から考えておく必要があると思う。

何より、「供養したいけど出来ない」と悩んでいる世代への救いでもあるのだ。

あと、「子孫が絶える」というとてつもないマイナスイメージの言葉、もう使うの止めない? これから先、頻出することになるはずだしね。

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