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NEWS ZERO

  • NEWS ZERO

September 10, 2009

ケータイ小説

「ねぇねぇ、あのケータイ小説読んだ?」
「みたみた。超泣けるよね」
「何の話?」
「情報遅すぎ。読んでないの?」
「今週は忙しかったの。で、今度は、どっちが死ぬの?」

注)

けいたいしょうせつ(名詞)

主人公が恋人同士になり、どちらかが死ぬエンディングを迎える形式の小説。
媒体としては、携帯電話で見る形式のものが多い。
ケータイ小説と表記する。
通常、いわゆる小説には分類されない。

携帯小説と表記した場合は、携帯電話で見ることを前提とした普通の小説で、ケータイ小説とは、似て非なるもの。
この形式の小説は、極めて少数。

June 28, 2008

夢は必ず叶う

以前も、同様のことを書いたが、再び、表題のような戯言が蔓延しだしたので、再び書くことにした。

「必ず夢は叶う」なんていう戯言を、公言する輩がいるから、夢が叶わない若者が自分を責めた末に、自暴自棄になって、とんでもないことをやらかすのだ。

もう一度言っておく。
夢なんて、絶対に叶わない。

ちなみに、アントニオ猪木の言葉を借りると、
「夢なんて、叶うわけがねぇ。叶ったんなら、それは、夢じゃねぇ」

絶対に勘違いしている人がいるから、説明もしておく。

オリンピックで金メダルを獲る。

これは、夢ではなく、目標である。

東大に合格する。

これも目標。

幸せな結婚をする。

これは、微妙だが、目標に含まれるだろう。

これを、ささやかな夢だとか、誤用するから、追いつめられる若者が出てくるのだ。

たとえば、

地上最強の男になる。

これは、夢かも知れない。
だって、様々な流派があり、様々な技がある。
その中には、殺人に特化した流派だってある。
それらも含めて、地上最強になるためには、それらの人々を殺しまくらねばならない。
それも、世界中一斉に。
こんなことは、不可能だし、やってはいけない。
なので、夢なのだ。

世界を平和にする。

これは、でっかく、そして、立派な夢である。
一人の力では、絶対に不可能だろうが、悪いことではない。

これは、明らかに、目標ではなく、夢である。

叶う叶わないにかかわらず、実現可能な範囲のことを目指すのは、目標だ。
到底不可能だが、考えただけで楽しくなったり、心が暖かくなってくるのが夢。

でっかい目標を立て、それをさらに、小さな目標に振り分け、最終的な目標まで達成し終えた者達は、いっぱいいる。
そんな人たちが言う。
「夢は、必ず叶う」と。

そんなとき、心の中で、ひっそりと言おう。

『目標』が達成できて、おめでとう、と。

June 27, 2008

平井理央の彼氏

今日のいいともを見ていて、川柳が浮かんだので、書いただけのことである。
オリラジの中田が、フジ・アナの平井理央の高校の同級生らしく、昔話をして、いじっていたのを見て、思いついた。
ただ、それだけである。

コーナー名の「イケメン」という内容ではないが、書いておく。

平井とか 麻央とか彼氏は テニス部長

…おそまつ。(^◇^;)

ま、実際に、「部長」だったかどうかは知らないが、彼氏がテニス部だったことは確か。
麻央に至っては、大学での彼氏も、テニス部だったようだ。

美女ねらいのお歴々には、やはり、テニスは、武器になる模様。
王子様でない方々も、テニスはいかが?

川柳ついでに、確か笑点だったと思うが、夫婦のネタを一つ。
誰の作だか覚えていないが、円楽師匠の司会の頃だ。
○○とかけて、…というネタだ。

夫婦げんかとかけて、
はずれた障子と解く

…そのココロは、…どちらもハメれば直るでしょう。

今なお、最高傑作だと思っている。
ちなみに、「座布団、全部もってけ!」だったはずだ。

川柳に話を戻せば、夫婦の川柳の秀作を一つ。
たしか、ビッグコミック・オリジナルの、川柳コーナー掲載だった。

夫婦では 嫌よ嫌よは 嫌のうち

お後がよろしいようで。

June 18, 2008

秋葉原の現状はどうか

例の事件ではなく、オタク文化真っ盛りの秋葉原の現状についてである。
私は、秋葉原には、一度も行ったことがない。
しかし、噂は、常々、耳にしていた。

私にとっての秋葉原は、ごちゃごちゃした店内に、いっぱいの部品が置いてあり、その道のプロの店員や、やたらと詳しいお客さんがたむろしている、近寄りがたい雰囲気の「聖地」だった。

それが、ゲームに占領され、アニメオタクが進出してきて、挙げ句の果ては、メイド喫茶だ。
かなり、苦々しく思っていたことは、確かだ。

そして、例の事件が起きた。
その際に、秋葉原の変遷を、TVで、やっていた。
それを見て、それなりに納得した次第だ。

まず、戦後の闇市から始まったらしい。
そして、ラジオの部品や真空管、ICなどを扱う、濃い文化が形成されていった。
そして、完成品が、普及するに従って、家電製品も、メイン商品となった。
しかし、郊外型の家電量販店が増えるに従って、秋葉原は、パソコン関連をメインに扱うようになり、コンピュータの秋葉原となった。
その後、パソコンが普及するに従って、ソフトに比重が移り、ゲーム機の進化に伴い、ゲームソフト、そして、アニメと、主力が移り変わった。
で、いま、メイド喫茶などのオタク文化が主流だ。

こうしてみてみると、秋葉原の変遷は、時代の移り変わりによって起きていることが分かる。
秋葉原の住人が、一定の意志を持って、変えてきたのではなく、その時その時で、必死で生き残りを模索し、自らを変えてきた結果のようだ。

その昔、自作のワンボードマイコンを、店に持ち込んだ若者がいた。
回路図通りに作ったのに、動かないからだ。
店員は、一別するや、そのマイコンを、テーブルに何度か叩きつけ、電源をつないだ。
何事もなく、起動したらしい。
バリが残っていて、動作しなかったと言うことだった。

ある若者は、パソコンのインターフェイスボードを自作し、やはり動作しないので、持ち込んだ。
で、店員は、一目見るなり、
「坊や、電源つなごうね」
と、諭した。

両方の若者は、その後、優れたコンピュータ技術者になったに違いない。

私は、いつまでも、こういう秋葉原であって欲しかったのだ。
でも、先の変遷を見て、仕方がないと思うようになった。

その時その時を必死で生き抜こうとしている秋葉原を、責める資格など、はなから持ち合わせていなかったのだ。

ただ、古き秋葉原も、路地裏で良いから、生き残っていって欲しいとは思っている。

コンピュータ?
なんか、同期も取らなくて良いし、電源も1種類で良いらしいよ。
なんだそりゃ?組むだけじゃん。んじゃ、やってみるか。

古き時代の一コマである。

December 27, 2007

2007年総括

PC、インターネット関連では、重大ニュースにならなくなったということが、最大のニュースかもしれない。
古くは、Win95の発売、インターネットの普及など、重大ニュースの一角を、PC関係が占めていた。
しかし、今年は、すっかり、影を潜めている。
だが、インターネットの利用者が、減少しているわけではない。
むしろ、携帯ユーザーも巻き込んで、増加の一途をたどっているのだ。

これは、インターネットが、普及段階を過ぎ、環境の一つになったのかもしれない。
来年以降、この傾向は、ますます進むはずだ。

政治の面では、ねじれ国会が、最大のニュースか。
参院選での、与党惨敗を受け、ねじれ国会となった。
しかし、官僚が支配する日本では、基本的な分野での支障など、あるはずもなく、これは、国会という、追認機関の効率が悪くなっただけのことだ。
他は、何もない、と、バッサリといく。

社会面では、ビジネスの世界、スポーツの世界など、分野を問わず、嘘が発覚した一年だった。
不二屋の偽装に始まり、あるある、朝青龍など、次から次へと、偽装が発覚していった。
しかし、これらは、以前からあったことである。
公には無いことになっていたが、民衆レベルでは、密かに、ささやかれていたことばかりで、取り立てて特筆すべき事ではない。
むしろ、こういったことが、白日の下に晒されるシステムが出来上がった事を喜びたい。
まあ、この情報提供が、人心が荒廃して、組織に対する忠誠心が減少した故の、チクリでないことを、祈るばかりである。

民間レベルでは、格差が、ますます、増大した。
ネット難民のように、働く意志があるのに、住むところさえ確保できない若者が急増し、社会問題化した。

地球全体では、ますます、温暖化が進行している。
このままでは、今の大人たちが、老人となる前に、いくつかの都市や国が、海に没し、世界地図の書き換えが必要になってくるだろう。

体で見ると、新しいことは、あまり起きなかった一年だった。
以前からあった問題点が、さらに進行するか、明らかになり、注目を浴びただけのことだ。
新しいことが起きたわけではない。

人心はますます荒廃し、政治は、弱体化した。
官僚は、ますます増長し、人々は、拝金主義に走る。
そして、我々が住む環境は、悪化以外の表現は、見あたらない。

この一年を締めくくるに当たり、やはり、環境のことを、書いておきたい。
ある人が言っていた。

「自然は、人間なんて、愛してはいない」

まさに、真実だと思う。

「地球が危ない」という人がいる。
しかし、これは、独りよがりの戯言だ。
地球は、危なくなんて、なってはいない。

「自然が危ない」という人がいる。
これも、戯言にすぎない。
今ある地球の状態が、自然なのだ。
地球が、一面の荒野となったならば、それが「自然」なのである。

今、気をつけなければいけないのは、
「人類が生存できない自然環境に移行しつつある」
ということなのだ。

地球が誕生してから、常に、環境は、変化し続けてきた。
様々な生物が、地球の表面を闊歩し、我が世の春を謳歌した。
そして、環境の変化と共に、絶滅するか、変化を余儀なくされた。

今また、ホモサピエンスという種が、その危機にさらされている。
それだけのことだ。

46億年の過去から存在する地球にとって、100万年にも満たないホモサピエンスという種の存亡など、取るに足りない些事に違いない。

おそらく、地球にとって、人間が、住みやすい環境を維持するのも、このまま環境を悪化させ、絶滅するのも、どっちでもいい事なのだろう。

一年の終わりに当たり、この警句を、再度、載せておきたい。
「自然は、人間なんて、愛してはいない。しかし、拒否もしていない」

それでは、よいお年を。

July 18, 2007

お父さんは相手にしないの?

私は自営業なので、自宅への電話も私が出る。
仕事場にいるのだが、物理的に可能なので、自宅への電話も私が出ることになっている。

そこで、結構多いのが、「○○君のお母さんはお見えですか?」と言う勧誘電話。
面倒なので、「出かけてます」で、終わりにすることが多い。

電話に出ているのは、「お父さん」なので、ほとんどの用事は、私でも良いはずだ。
しかし、連中は、かたくなに「お母さん」を連呼する。
そして、一方的に、電話を切ってしまう。

そんなにお父さんが嫌いかい!

一度だけ、会話が成立したことがある。
その模様である。

「○○君のお母さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「出かけてます」
「いつ頃お戻りになるでしょうか?」
「ご用件は?」
「はぁ、私どもの○○(教材の名前)についてのお知らせだったのですが…」
「どういった?」
「ああ、いえ、是非、お母さんにお聞き頂きたいと…」
「父親ですが」
「いえ、子供さんの教育にご関心のおありの方にお聞き頂きたいと思っておりまして」
「関心ありますが」
「はぁ…、また、日を改めます」
「父親じゃいけませんか?」
「…」

まあ、嫌われたもんだ。
頑ななまでに、お母さんを狙っている模様。

ここから想像されることは、世のお母さん方が、カモにされているのではないか?と言うことだ。
女性の場合、一方的に電話を切ることは、あまり無い。

実際、一人暮らしの女性が、勧誘電話を一方的に切って、その後、何度もイタズラ電話をされたことが合ったそうだ。
そんなこんなで、女性は、一方的には、電話を切りづらいらしい。

要するに、連中に、「なめられている」ようだ。

世の女性の方々、ご用心あれ。

まあ、携帯オンリーで、固定電話を設置していない人が増えたから、この手のトラブルは、激減傾向かも。

June 16, 2007

夢が叶う夢

最近、子供向けアニメのエンディングテーマで、久しぶりに脳天気な歌を聴いた。
「夢を諦めないで、きっと叶う」
そんな内容の歌詞だった。
(注:著作権に触れないように、変えてある)

これを聴いて、「そんなわけねぇじゃん」という思いと共に、懐かしい気がした。
こういった脳天気に歌い上げる歌は、これが最初でもないし、最後でもないだろう。
そして、「青春の一曲」には、きっと、こういった歌が、ランクインしてくるはずだ。
たぶん、わたしもそう。

なので、懐かしく感じたのだ。

しかし、おじさんとなってしまうと、夢なんか叶うはずがないと思ってしまう。
別に、現実主義者なのではない。
確かに、「夢なんか見ない」と割り切ってしまえば、無難に過ごせるし、世の中うまく渡っていけるだろう。
でも、言いたいことは、これでもない。

以前、アントニオ猪木が、TVで言っていた。
「叶ったんなら、それは夢じゃない。夢なんか叶うわけがねぇ」

これを読んで、「あ?」と思った人も多いと思う。
でも、全面的に賛成。

私も、夢は決して叶わないし、叶ってはいけないと思っているのだ。

夢が叶った人って、どれくらいいるんだろう。
実際は、いないはず。

いたとしたら、目標と夢を取り違えているのだと思う。
あるいは、夢なんて言えないくらいちっぽけな夢を思い描いていたとか。

高校球児の夢は、甲子園に出て優勝すること。

でも、ちがう。
これは、目標。

あこがれの彼と結婚する。
これも、目標。

言っている意味が分かって貰えたかな?
つまり、あの歌を聴いている子供達が、あの歌を聴いて、奮い立つのはいい。
でも、「必ず叶う」レベルの夢なんか、見ないで欲しいのだ。

誰かに話したら、「ブワッハッハ!」と、大笑いされるか、あっけにとられて、口をポカンと開いたまま放心状態になるような、でっかい夢を見て貰いたいものである。

そうそう、そうは言っても、毎日の生活の張りになる、大きな目標、小さな目標を持つことは良いこと。
頑張れば必ず叶う小さな目標をクリアし続けていけば、大きな目標も、「きっと叶う」はず。

若者の前に、無限の未来なんて広がっていないけど、歩き出さないと、絶対にたどり着けない。
でっかい夢と、大きな目標と、小さな目標を抱いて、歩き出して欲しいものだ。

January 09, 2007

SMAP、ありがとう

歌詞に驚いたので。
別に、賛辞でも、いちゃもんでもない。

ジャニーズは、無断引用にうるさそうなので、曖昧に書く。

最後の大さび、木村君のパートだ。
「大きな存在」ってやつ。

これを聴いた時は、驚いた。
「それって、アリなんだぁ」
と、思ったのだ。

この国では、神仏に関して、信じないか、一歩引いた態度を取ることが、常識というか、マナーとされている。

「神は存在するんだよ」
の類は、まともに扱って貰えない。
「あり得ない、存在しない」
と言う意見を言う人は、むしろ、文化人として扱って貰えるから、どっちかというと、無神論者を良しとしているのかも知れない。

ところが、にもかかわらず、各種宗教行事を、当たり前のように行うし、いっさいやらない人を、「変わり者」扱いするという、おかしな状態だ。

仏が存在しないのなら、先祖供養は不要だし、お経を上げる必要など無い。
神が存在しないのなら、初詣は、時間と金の無駄だ。

にもかかわらず、ほとんどの日本人は、消極的にせよ、行い続けている。

方位方角(鬼門だとかの類)は、迷信と決めつけるくせに、風水と名前が変わると、一斉にやったりする。

天皇が現人神と信じている人は、少ないのに、万世一系の皇統には、えらいこだわりようだ。

これは、日本だけの特徴なのかも知れない。
キリスト教圏、イスラム教圏では、そもそも、これらの教義に反する憲法、法律は、なかなか制定しづらい。
大顰蹙を買うからだ。
しかし、日本では、そこまでの反発はない。

まあ、日本人特有の、曖昧さ故なのかも知れない。

SMAPが、「ジャニーズ・アイドル」というのは、少し違う気がしているが、まあ、所属タレントであることは、間違いない。
その彼らのシングルの歌詞に、これが、堂々と入っていることに、驚きを覚えたのだ。

これからは、こういった内容も、宗教臭さえ押さえれば、OKということなのだろうか。
まあ、その方が、表現の幅が広がるから、大歓迎だったりする。

あくまでも、「宗教臭さえ押さえれば」なのだが。

November 02, 2006

SW7-9

あえて、わかりにくい表題にした。
SWとは、あのスターウォーズの略である。

すでに、第二期トリロジー(三部作)が完結した。
当然、私の手元には、エピソード1-6のDVDが揃っている。

残るは、第三期トリロジーなのだが、これは、作られないらしい。
当初のコメントでは、エピソード1-9があると言うことだったのだが、
制作のジョージ・ルーカス自身が、
「そんなことを言った覚えはない」
と、しらを切っているので、まず、制作されないだろう。

SWが、レンズマンをモチーフにしているのは、有名な話だ。
なんでも、ルーカス氏が、映画化を、レンズマン著作権者に打診したところ、断られてしまい、「それなら、オリジナルでやってやる」と、作り出したのが、SW エピソード4だったらしい。

実際、レンズマンシリーズを読んでみると、その辺のことが、よく分かる。
なぜ、エピソード4から始まったのかも、納得なのだ。

それはいい。
しかし、このままだと、シリーズ最大の伏線が、未解決のままになってしまうのだ。
それは、第一作から、堂々と書かれているメッセージである。
「むかしむかし、銀河の遙か彼方で……」

なぜ、大昔という設定なのか? なぜ、「この」銀河の遙か彼方なのか?

この意味を説明できる人がいるだろうか?

「『むかしむかし』というのは、昔話のありふれた書き出しであり、SWが、おとぎ話として作られたから、それを模しているのだ」

、というもっともらしい説明で、納得していないだろうか。

それだけではないことは、レンズマンシリーズを読んだ人なら、分かって貰えると思う。
それは、物語の最後で明らかになる、あっと驚く伏線なのだ。

それは、おそらくは、エピソード9のエンドロールが終わった直後に明らかになる。

知りたいですか?

知りたくない。あえて、映画になるのを待ち続けると言う人は、ここから先は、読まないでください。
そして、辛抱強く、お待ち下さい。
その有り様を、決して、非難するものではありません。

読んでみたいと思った方は、こちらへどうぞ。

エッセイ→エンターテイメント
とたどると、このタイトルと同じエッセイが載っています。

October 13, 2006

真・スサノオ伝完結

10年以上に渡って書き続けてきたシリーズが、ようやく完結した。
Web版での完結であり、製本版の加筆作業が残っているので、まだ書くのだが、完結は完結である。

そもそも、このシリーズを、まともに書けるように、と、少しでも筆力を上げようと、様々なジャンルの小説を書き始めたくらい、一番書きたかったシリーズだった。
それが、ようやく、完結した。

超個人的には、感慨もひとしおなのだが、一般的には、何の関係もないのかも知れない。

まあそれは、それである。

このブログは、小説掲載サイトからリンクを貼ってある。
そのため、時々、こうして、小説がらみの記事も書かないと、小説サイトから飛んできた人が、コメント先に迷うという事態になるため、書いていると言うこともある。

「ここにコメントして下さい」で、必要十分な記事を、長く書いても何なので、今回は、これまで。